~プライマリ・ケアでの依存症の進行予防~

これまでアルコール依存症の治療は、重症のアルコール依存症に対する依存症治療専門医療機関での断酒治療や患者の社会復帰支援などが重要な要素でした。2018年に作成された新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドラインでは、アルコール依存症の治療として飲酒量低減が治療目標の場合には、その治療を内科やプライマリ・ケアの外来で行い、減酒に失敗した場合や重篤な関連問題がある場合に専門医療機関へ紹介することが推奨されています。アルコール依存症に対する飲酒量低減治療に対しては賛否両論ありますが、総合病院の一般診療科を受診した外来患者を対象にした飲酒量とアルコール依存症の患者調査では、アルコール依存症の疑い群の割合が全科平均で男性が21.6%、女性が10.1%に達しており、一般診療科の外来診療は、アルコール使用障害患者や軽度のアルコール依存症者の早期発見、早期介入の絶好の機会となります。また、アルコール健康障害対策推進基本計画(第2期)が2021年3月に閣議決定され、取り組むべき施策として、「アルコール健康障害の早期発見、早期介入のため、一般の医療従事者(内科、救急等)向けの治療ガイドライン(減酒指導、専門医療機関との連携等を含む。)を基にした研修プログラムを開発・実施し、人材育成を図る。」ことが明記されました。小生、アルコール健康障害対策推進関係者会議に、2014年の発足当初から現在まで唯一の内科医として参画してきましたが、ようやく一般の医療従事者向けの治療ガイドライン作成や講習会を厚生労働省主体で行っていただけるところまで漕ぎ着けました。「プライマリ・ケアとは、患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである」と説明されています。すなわち、あらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能と考えられ、プライマリ・ケアの外来でアルコール依存症の治療を行うことは、当然の時代の流れと思われます。ただ、心理社会的治療による飲酒量低減治療は根気のいる仕事です。1990年に久里浜病院(現 久里浜医療センター)に赴任してから30年以上アルコール依存症治療に携わっていますが、まだ道半ばと感じています。「凡を極めて非凡にいたる」という言葉を聞いたことがありますが、飲酒量低減治療に飛び道具はなく、コツコツとプライマリ・ケアを通じて凡を極め、医師を引退するころには非凡にいたることを信じて努力していく所存です。ちょうど本学会の理事長に就任するタイミングで病院からクリニック勤務に異動したこともあり、なお一層プライマリ・ケアを通じて一人でも多くのアルコール依存症患者の進行予防ができればと思っております。

アルコール依存症患者の飲酒量を低減させる新しい薬剤であるnalmefene (セリンクロ錠)は、本邦でも2019年に使用承認され、本学会と日本アルコール関連問題学会、日本肝臓学会の委員が中心となって作成した約3時間の「アルコール依存症の診断と治療に関するeラーニング」がセリンクロの薬剤料算定に必要な研修として認められました。飲酒量低減治療というアルコール依存症治療のパラダイムシフトが、最終的な生命予後を含めた治療の向上につながるのかどうかはこれから検証していかねばなりませんが、これまでのジスルフィラムなどの嫌酒薬に加え、飲酒量低減治療薬が使用できることは、医師にとって非常に心強いことです。このような新薬も活用したプライマリ・ケアでの依存症の進行予防が期待されます。

日本アルコール・アディクション医学会は、精神医学、内科学、薬理学、法医学、公衆衛生学、心理学、看護学、精神保健学などさまざまな領域の研究者や治療者から構成されています。当学会の理事長は、精神医学、法医学、薬理学の分野の方が主に務めて参りましたが、今回内科医である小生が理事長に選ばれたのも、こうしたアルコール依存症治療のパラダイムシフトが影響してのことかと思われます。とはいうものの、依存症やアディクションの問題を克服するためには、内科と精神科の連携はもとより、種々の学際的な研究領域の協力が必須です。新型コロナウイルスの影響で生活様式も変化しており、これまでとは違った形でのアルコール・アディクションの問題が出てきて、その対処法も変化していくと考えられます。本学会と日本アルコール関連問題学会、日本肝臓学会が連携して作成した「アルコール依存症の診断と治療に関するeラーニング」の例のように、学会間連携などの必要性も増えてくると思われます。新理事長としても誠心誠意努力してまいりますが、会員の皆様方の本学会へのご参加と学会内の連携を通じての益々の学会の活性化をお願いいたします。

日本アルコール・アディクション医学会
理事長 堀江 義則