1-2号 (2017年1月)

1. 禁煙した後の体重増加をどう考えるか。

岡村智教
(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学)

喫煙は悪性新生物だけでなく心筋梗塞など動脈硬化性疾患の発症の危険性を高めます。喫煙には血管のれん縮作用や動脈硬化巣の酸化促進、血栓形成など凝固能の促進など様々な有害作用があります。しかし禁煙すると体重が増える人が多く、かえって健康に悪いのではないかという質問をよく受けます。

実際に禁煙すると体重がどのくらい増えて、その結果、血圧などはどのように変化するでしょうか。以前、11 事業所の 1,102 人の男性喫煙者を約 4 年間追跡する研究を行いました。このうち追跡期間中に禁煙した 117 人を禁煙成功者として喫煙継続者と比較しました。当初は両群の体重は差がありませんでしたが、 4 年間の体重の変化量を見ると喫煙継続者はプラス 0.5kg、禁煙 成功者は 2.4kg で有意差がありました。また BMI(Body Mass Index)の変化量も喫煙継続者でプラス 0.2、禁煙成功者で 0.9 でした。これに伴う危険因子の変化量を次ページ図1に示しま した。禁煙成功者の危険因子の変化量は、喫煙継続者に比べて収縮期血圧で 4mmHg、拡張期血圧で 2.5mmHg、総コレステロールが 6.7mmHg大きく、これは体重の増加が原因と考えられます。

一方、HDL コレステロールは禁煙成功者のほうが 3.5mg/dl 多く増えておりこれは禁煙の便益と考えられました。これだけ見ると禁煙したほうがむしろ悪化する危険因子が多く見えます。

しかし他の危険因子がどうであれ、喫煙自体が動脈硬化性疾患の強力な危険因子であることを忘れてはなりません。体重が増えて血圧や総コレステロールが増加しても、喫煙が0になることによってリスクは大きく下がります。さらに予防因子である HDL コレステロールの増加もリスクの低下に働きます。その 結果、次ページ図2に示すように喫煙継続者の動脈硬化性疾患 (冠動脈疾患)の予測発症リスクは追跡開始当初から 4 年間で 9% 増加するのに対して、禁煙成功群者では 24%減少することがわかりました(モデル1)。そしてもし禁煙時に体重増加が伴わず 血圧などが増えないと仮定すると発症リスクは 31%減少することもわかりました(モデル2)。

結局、体重がどうなろうとまず禁煙することが重要です。そして禁煙の恩恵をもっと受けたければ、運動などで増えた体重を元に戻す努力をすればいいということになります。喫煙者は太ることを恐れずにまず禁煙にチャレンジすべきです。

文献
1) Tamura U, Okamura T, et al. J Atheroscler Thromb 2010; 17: 12-20.

2. 第51回日本アルコール・アディクション医学会学術総会を終えて

第 51 回日本アルコール・アディクション医学会
会長 高田孝二
(帝京大学 文学部)

写真左より:藤宮総務委員長、樋口次期会長*、岡村次期会長、齋藤理事長、高田会長、宮田組織委員長
(*:アルコール関連問題学会)

第 51 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会を、 2016 年 10 月 7 日(金)~10 月 8 日(土)に、タワーホール船堀(東京都江戸川区)にて開催させていただきました。

今回は、新学会として初めての学術総会となりますが、本学会は精神医学、内科学、法医学、薬理学、病理学、衛生学、公衆衛生学、心理学を含め、多くの関連領域を専門とする会員により構成されております。そこでこれら幅広い領域の会員の英知を結集しうる共通の問題として「ハーム・リダクション」(有害事象の低減)を取り上げ、メインテーマを「アディクション・サイエンス~ハーム・リダクションの観点から」(Addiction science – from the perspectives of harm reduction)といたしました。これは、物質関連、非物質関連のいずれも、精神面の依存を中核症状として、身体面、精神面、社会面での多様な障害を引き起こしていることから、様々な角度から有害事象の 低減を可能にする方略を検討することが急務であると考えられたことによります。

今回、2 日間を通して約 670 名の参加があり(プレス関連 18 社 23 名を除く)、9 会場で様々なセッションが行われました。内容としては、理事長講演(アルコール依存症診断治療の変遷)、特別講演(札幌医大 河西先生、自殺予防の実践と課題)の他、シンポジウムとしてハーム・リダクションを主題としたもの 6 題、アルコール関連 9 題、依存症関連 8 題、および本年 7 月 31 日に逝去された柳田知司先生メモリアルシンポジウムを含め計 24 題、ワークショップ 5 題、教育講演 10 題、一般口演 43 題、ポスター発表 31 題と、非常に充実したものとなりました。うち教育講演やワークショップ、依存症関連シンポジウム 1 題は新学会誕生記念特別研修プログラムの一環として、メディカルスタッフを主な対象として行われました。このほか、市民公開講座として、アルコール依存とネット依存についての講演をいただきました。

このように、本学術総会は多数の皆様にご参加いただき、盛会裏に終わったといえますが、参加者の詳細をみますと、考えさせられるものがあります(次ページ表1)。つまり、本学会の会員数は 900 を超えるのに、参加いただけたのは 1/4 弱の 217 名であり、参加者の大多数が非会員であった点です。会員の参加数が少なかった点は、今回のテーマに十分な魅力がなかった、宣伝不足であった、あるいは第一回ということで敬遠された、などの可能性も考えられます。今回、会の構成を決めるにあたり、本学会が多領域にわたりますことから、プログラム委員会は各領域の先生方で構成し、各領域毎にコア委員をおき、この先生方を中心に、各領域からのシンポジウムや発表の提案をお願いする形をとりました。しかし何度かのお声がけでも、全ての領域からのご提案はいただけず、時間切れとなってしまったことにつきましては、学術総会側としましても、もう少しきめ細かい配慮をすべきであったのではないかと反省しております。以後の学術総会では、準備にあたり、各領域が緊密に連絡をとりあって盛り上げていくことが大事だろうと思った次第です。

一方、非会員から多数のご参加をいただいたことは、今後の本会の発展を占う上で、大いに希望が持てる点であったかと思います。今後とも、メディカルスタッフを取り込む形でのプログラムの構成を「定型」にしていくのも会の発展を図るひとつの方法であろうかと存じます。

末尾となりましたが、今般の学術総会では、事務処理の不手際から、抄録掲載ミスをはじめ、多くの先生方にご迷惑をおかけした点を深くお詫び申し上げます。

表1. 第 51 回学術総会参加者の帰属および参加者数
帰属 参加人数
JMSAAS 会員 217
非会員合計(以下に内訳)
  • 一般
  • アルコール関連問題学会員
  • 学生、当事者、家族
  • 研修会のみ参加
  • 招待者
451
266
36
83
40
26

3. 2017 年度年会の御案内

第 52 回日本アルコール・アディクション医学会
会長 岡村智教
(慶應義塾大学医学部・衛生学公衆衛生学)

このたび第 52 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会を、2017 年 9 月 8 日(金)と 9 日(土)の2日間にわたり、パシフィコ横浜にて開催させていただくことになりました。本学会は、50 年以上の歴史を有する日本アルコール・薬物医学会と、ニコチン・薬物依存フォーラム、日本アルコール精神医学会の系譜を引き継ぐ日本依存神経精神科学会との合併によって 2016 年に設立され、わが国のアルコールや喫煙、薬物依存対策の要として活動していく学会と考えております。今回は前々回までと同様に第 39 回日本アルコール関連問題学会(会長:樋口進 国立病院機構久里浜医療センター院長)と合同開催し、平成 29 年度アルコール・薬物関連学会合同学術総会として実施いたします。この歴史ある学会を開催させていただくことは身に余る光栄であり、浅学非才の身ではありますが盛会にできるように精一杯努力する所存です。

今回の学会のテーマは「ポピュレーションリスクとしてのアルコール健康障害と依存症」としました。これはアルコールや喫煙、その他の現代社会特有の様々な依存症が与える健康影響を日本人集団全体に与える影響という視点で俯瞰し、それぞれの対策を総合的、包括的に考えたいという意図をこめました。

わが国のリスク要因別の関連死亡数を最も増加させている要因としては、第1位が喫煙、第2位が高血圧であり、また高血圧の原因の一つとして多量飲酒があることは日本高血圧学会のガイドラインでも明記されています。さらに高血圧とは別に飲酒自体も死亡数を増加させる要因の第6位に位置しています。このような中、2014 年にはアルコール健康障害対策基本法が施行され、2016 年には 15 年ぶりに「喫煙と健康影響に関する報告書(たばこ白書)」が改訂されるなど公的な対策も進んでいますが、未だに嗜好品や薬物の健康リスクは自己責任的な論調が多いのも事実です。

飲酒や喫煙の問題の根が深いのは背後に依存の問題が絡んでいるからであり、依存症対策は本学会の主要な研究テーマです。近年は、旧来からある薬物依存に加えて、ネット依存やギャンブル依存など幅広い嗜癖行動への対策も重要となりつつあり、昨今、所謂「カジノ解禁法案」の制定にあたって、依存症との関連についての懸念が大きく取り上げられたのも記憶に新しいことと思います。またあまり注目されていませんが、高血圧につながる塩分の過剰摂取や動脈硬化の原因となる飽和脂肪の過剰摂取も、味覚や満腹感を通じた一種の依存状態と定義することも可能です。

本会は、喫煙やアルコールの健康障害、依存症に対する対策を共通基盤とする、精神科、内科、公衆衛生学・衛生学、法医学、薬理学、生理学、病理学、心理学、看護学、保健学等の研究者、病院や保健機関等に勤務するメディカルスタッフが一堂に集まって、様々な視点から学術的な討論を行うことのできる貴重な場です。本総会では、臨床や研究、保健指導に役立つ魅力的なシンポジウムや教育講演を数多く企画しております。是非、多くの皆様のご参加を心よりお待ちしております。会場のパシフィコ横浜は山下公園や中華街など横浜の観光施設も至近で、近くには多くの商業施設もございます。学会参加と合わせて是非、港町横浜もお楽しみください。

*開催番号の「第 52 回」は、歴史の長い日本アルコール・薬物医学会のものを継承しております。

4. 2018 年度年会案内・ISBRA2018 案内

第 53 回学術総会 ISBRA2018 と同時開催

日時:
2018 年 9 月 9 日(日)~13 日(木)
場所:
京都予定
会長:
竹井謙之(三重大学大学院医学系研究科 臨床医学系講座)
ISBRA2018 会長:
樋口 進(久里浜医療センター)

5. 2016 年度評議員会・総会議事録

総務委員長 藤宮龍也
(山口大学大学院医学系研究科法医学講座)

平成 28 年度日本アルコール・アディクション医学会評議員会・総会が 2016(平成 28)年 10 月 6 日にタワーホール船橋にて開催されました。議事録の内容を以下にお示しいたします。

日 時 :
2016 年 10 月 6 日(金) 11:20~11:50
会 場 :
タワーホール船堀 5F 第一会場

高田年会長より、開会宣言がされた。会則により議長は会長が務める。

1. 年会長挨拶(高田年会長)

高田年会長より、年会開催にあたっての挨拶があった。

2.会務報告(藤宮総務委員長)

藤宮総務委員長が、現状の会員数報告(合計 955 名)や会議予定等を報告した。

3.2015 年度決算報告(藤宮総務委員長 廣中財務担当理事)

藤宮総務委員長が、すでに理事会にて承認済みの前身の 2 学会(日本アルコール・薬物医学会、日本依存神経精神科学会)の 2015 年度最終決算について報告した。2016 年度予算についても、 同様に理事会承認済みとしながら説明した。一同検討し、決算・予算とも異議なく承認した。

4.賞選考委員会より柳田賞、各種奨励賞について(宮田賞選考委員長)

宮田賞選考委員長が、柳田賞ほか各賞について選考経過と受賞者候補を報告した。

CPDD 奨励賞受賞者なし。

柳田知司賞 中村幸志(北海道大学)

優秀論文賞 鈴木秀人(東京都観察医務院)
      横山 顕(久里浜医療センター)

ISBRA 奨励賞については、高田国際委員長と齋藤理事長が報告した。
遠山朋海(久里浜医療センター)
いずれも授賞式は懇親会にて開催された。

5.新評議員の件(藤宮総務委員長)

藤宮総務委員長が、8 月 28 日の総務委員会および理事会承認済みの 6 名の新評議員リストを報告した。

被推薦者・勤務先:

菊地真大
国立病院機構東京医療センター 消化器科 医員
木戸盛年
大阪商業大学 経済学部 助教
高野裕治
同志社大学 研究開発推進機構 特任准教授
鈴木秀人
東京都監察医務院 部長監察医
引地 和歌子
東京都監察医務院 監察医長
白坂知彦
手稲渓仁会病院 精神保健科 部長

一同検討の結果、6 名全員を承認した。

6.各委員会からの報告(各委員長)

各委員会より以下の報告があった。

①編集委員会(白石副委員長)

投稿数の件:昨年は年間で 26 編の投稿であったが、今年は現時点ですでに 26 編の投稿がある。あと 4 編で 30 編を超えるのでふるって投稿をお願いしたい。投稿された 26 編のうちの 19 編は年会発表における座長推選論文であり、その場合は通常 2 名による査読が 1 名としていることから、受理までの進行がスムーズになっている。 PubMed の件:PubMed 上では当学会の学会誌はローマ字表記で記載されている。

②広報委員会(池田委員長)

NL について:7 月にニューズレターの 1 巻 1 号を発刊した。HP について:学会のホームページを運営しているが、随時更新している。

③国際委員会(高田委員長)

ISBRA 奨励賞:奨励賞選出の検討を行った。 AsCNP:2017 年の開催地はバリであり、スポンサードシンポジウムを予定。
APSSAR:2017 年の開催地は台湾の台北

7.次期年会長挨拶(岡村次期会長)

第 52 回年会長の岡村理事より、日程やテーマ等について以下の報告がなされた。

会期:
2017 年 9 月 8 日~9 日
会場:
パシフィコ横浜
テーマ:
ポピュレーションリスクとしてのアルコール健康障害と依存症
共催:
第 39 回アルコール関連問題学会(樋口進会長)

8.次々期年会について

齋藤理事長が、第 52 回年会について以下の説明をした。

会期:
2018 年 9 月 9 日~13 日
場所:
京都
共催:
ISBRA(樋口会長)

9.その他

国際対応の件

  1. 国際学会でのシンポジウムの提案について
    齋藤理事長が、今後も国際学会でスポンサードシンポジウムを開催していく。2017 年は AsCNP(バリ)にて実施予定。
  2. 2018 年 ISBRA の開催について
    2018 年は ISBRA と共催となる。
  3. 法人化について
    齋藤理事長が、理事会で検討していた法人化を今後進めることが決定したと報告した。
  4. その他
    会場より猪野評議員が、アルコール関連法案の件
    猪野評議員が、わが国におけるアルコール関連の研究費が欧米に比べ少ないことについて、アル法ネットのほうでも要望を出 しているが、学会からも提出してほしいと要望した。齋藤理事長が、厚生労働省宛に要望を出しているが、返答がないと回答した。

以上

6. 柳田賞を受賞して

中村幸志
(北海道大学大学院医学研究科社会医学講座公衆衛生学分野)

この度、栄えある柳田知司賞をいただきまして、大変光栄に思うとともに、身の引き締まる思いもいたします。選考に関わられました先生方をはじめ学会関係者の皆様に感謝申し上げます。

私は自治医科大学を卒業して、滋賀県内の病院や診療所で地域医療(プライマリケア)に従事しておりました。卒後 5 年目に自治体の医療保健福祉行政と密に関わる国民健康保険診療所に所長(一人医師)として勤務し始めたころより、臨床と公衆衛生のつながりを意識するようになり、勉強する場を求めました。週 1 回午後に取得できる研修日を利用して、滋賀医科大学福祉保健医学(現、公衆衛生学)に研究生として通い始め、現在に至る第一歩を踏み出しました。

滋賀医科大学では、循環器疾患基礎調査の受検者集団のコホート研究である NIPPON DATA、健康診査・レセプト突合データで生活習慣などと生命予後および医療費との関連を検討する滋賀国保コホート研究に参画する機会を得ました。当時の教授・上島弘嗣先生(現、名誉教授)、助教授・岡村智教先生(現、慶應義塾大学衛生学公衆衛生学教授)に疫学、特に動脈硬化性疾患の疫学や公衆衛生の立場での疫学の基礎をご指導いただきました。学位取得の目処がたった頃に診療所を辞して本格的に研究の道に進み、学位取得後、豪州 The George Institute for International Health への研究留学にて大規模プール解析やメタ解析の経験を積みました。帰国後、金沢医科大学公衆衛生学(教授・中川秀昭先生(現、名誉教授))に約 7 年間勤務した後、 平成 27 年 2 月より現在の北海道大学公衆衛生学(教授・玉腰暁子先生)に勤務しております。

柳田賞に値する業績として評価されたものは、喫煙と動脈硬化性疾患に関する一連の成果です。初期の滋賀医科大学では広く浅く動脈硬化性疾患の疫学研究に取り組んできましたが、そろそろ得意分野を持ちたいと思うようになった豪州留学時よりアジアでは未だ大きな問題である喫煙に取り組むようになりました。大規模データを利用できる幸運に恵まれたものの、もうそれなりにエビデンスが蓄積されたこのテーマをどう深めていくか、先行研究を丹念に精査してアイデアを練るところからスタートしました。論文執筆後も査読で辛酸をなめることが少なくなかったです。その中で、欧米では喫煙はもう過去の問題かもしれないが、アジアでは看過できない問題としてメイド・イン・アジア(あるいはジャパン)のエビデンスが必要であることを心あるエディターやレビューアーから学びました。その経験がさらに深めていくことを決意させ、今回の受賞につながったことを思うと感慨深いものがあります。同時に、継続してこのテーマに取り組めるようにご配慮くださった多くの先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。

もともとは現場で臨床を中心に実践活動に従事していた者として、現場や行政に役立つエビデンス、また、一般の人に理解されやすいエビデンスの提供を意識して研究を進めてきました。今後もこの姿勢を持って研究を続けていきたいと思いますが、エビデンスを予防の対策につなげることが重要であります。これまで明らかにしたエビデンスの周知を図りながら、動脈硬化性疾患予防の研究者の立場でタバコ対策の実践活動にも力を入れてまいります。

この賞の由来の柳田知司先生は依存領域の権威であられますが、私のテーマは依存ではなく臓器障害であります。おそらく、新学会設立を機に今まで以上に学会が発展することを祈念して“本流ではない分野?”の業績を評価していただけたと理解しております。実際、過日の学術総会では、多種多様なテーマを取り扱う新学会となったことを実感しました。今まで馴染みのなかった依存や他の臓器障害の分野の先生方とも交流を深めながら、自身の研究を深め、さらに学会に貢献していく所存であります。

最後になりましたが、これまでご指導いただきました先生方、お世話になった所属機関関係者の皆様、研究にご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。

7. ISBRA 奨励賞を受賞して~ISBRA Berlin 2016 学会印象記~


写真:ポスター発表会場にて
遠山朋海
(独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センター)

2016 年 9 月 2 日~5 日、ドイツ・ベルリン工科大学で開催された「 International Society of Biomedical Research on Alcoholism (ISBRA)」に参加する機会を得たのでここに報告する。ISBRA はアルコール依存症の医学生物学的研究促進を目的に 1982 年に設立され、総会は隔年で開かれている。1988 年は京都、2000 年は横浜、2012 年は札幌で開催された。次回、2018 年には再び京都で日本アルコール・アディクション医学会と共催予定である。

9 月のベルリンはサマータイム制で夕方でも外は明るく、学会に参加している先生方とディナーを楽しみながら交流を深めることができた。今回のベルリン大会は 43 か国から 560 名が参加し、60 のシンポジウム、200 以上のポスター発表、さらに基調講演やワークショップから成り、4 系統(Preclinical CNS, Clinical CNS, Psychosocial & Epidemiology, Alcohol-induced organ damage and other comorbidities)に分類され大講堂や教室で行われた。発表内容は多岐にわたり、アルコールによる神経障害や肝障害に関する分子生物学的機序、依存症の薬物療法、画像研究、関連遺伝子、各国の疫学・医療政策等であった。インターネット依存と引きこもりの報告に対して「ポケモン Go の影響は?」という質問が挙がり、日本からの発表にも高い関心が集まっていた。

ポスター発表は彫刻作品が置かれているアトリウムのようなスペースであり、吹き抜けから光が差し込んでいた。回廊部分が立食形式のランチ会場となっており、ベルリン名物カレーソーセージやケバブサンドが日替わりで登場した。上階の回廊の壁にはベルリンの激動の時代と当時の研究が展示されていた。ベルリン工科大学の主な出身者は、高圧化学法の開発でノーベル化学賞を受賞したカール・ボッシュ、ナチス政権期のテクノクラートである建築家アルベルト・シュペーア、ロケット技術開発の先駆者ヴェルナー・フォン・ブラウン等である。

今回、私は「THE CORRELATION BETWEEN BLOOD ACETALDEHYDE CONCENTRATION AND HEART RATE CHANGE IN YOUNG JAPANESE ADULTS WITH DIFFERENT ALDH2 GENOTYPES」という題でポスター発表を行った。希釈したエタノールを被験者に点滴投与するクランプ法を用いて心拍数の変化率と血中アセトアルデヒド濃度、遺伝子型や飲酒習慣との関連を調べた。海外の研究者にもよく知られた分野だと思っていたが、ブラジルの研究者から大変興味深いというコメントをいただいた。シンポジウムは resting state functional MRI に関するセッションに重点的に参加したが、予想していたよりも様々な基礎研究が行われていた。ポスター発表会場では治療効果を脳機能画像検査で判読しようと試みる研究等がみられた。また、各国の研究者のモチベーションの高さを改めて実感した。この経験を当院で現在行っている臨床研究に役立てたい。

開会式で当院の樋口進院長が ISBRA President として会員構成や活動内容等を解説し、今後は東南アジアやアフリカ地域の会員増加が学会の発展に重要であると説明した。3 日目の若手研究者のシンポジウムで発表者が「ヨーロッパに来たのは初めてです」とあいさつをしたところ、前方に座っていたある先生が「ウェルカーム!」と大きな声で歓迎した場面が印象に残っている。私が思っていたよりも世界は開かれているように見えた。私自身は国際学会から数年足が遠のいており、今回のベルリン大会にも行くかどうか迷いがあったが、日本アルコール・アディクション医学会の ISBRA 奨励賞のおかげで参加に踏み切ることができた。今回の受賞にあたって、ご指導いただいた樋口進院長、松下幸生副院長をはじめ多くの先生方に感謝するとともに、これからの臨床研究活動の励みとし、この経験を後輩へと伝えられるように精進していきたい。この度は誠にありがとうございました。今後とも宜しくお願いいたします。


Photo by Tsutomu Suzuki

8. 第一回「認知行動療法の手法を活用した薬物依存症に対する集団療法研修会」開催の報告


写真:国立病院機構肥前精神医療センター正面玄関
医療保険委員会委員長 杠 岳文
(国立病院機構肥前精神医療センター)

12 月 5 日月曜日から 7 日水曜日までの 3 日間、国立病院機構 肥前精神医療センターの研修センター(佐賀県)で標記研修会を当学会の主催で開催しました。

平成 28 年度の診療報酬改定で覚せい剤等の薬物依存症患者に対する「依存症集団療法(1 回につき 340 点)」が新たに算定できるようになり、算定の要件として当学会あるいは精神・神経医療研究センターが開催する研修を終了することが求められています。このため定員の 100 名を大きく超える 147 名の受講申し込みがあり、研修会ワーキングチームで受講者の選考を行いました。

受講料で学会員 2 万円、非会員 2.4 万円と差を付け学会員の受講を促したのですが、申し込みされた方のうち 4 人のみが学会員という寂しい状況でした。

今回の研修会は学会主催の第一回目ということで、齋藤理事長にも米国での学会を早めに切り上げ佐賀まで空路お出で頂き、最終日にご挨拶と修了証書授与を行って頂きました。

こうした研修会修了式では、代表者 1 名に授与して他は机上に配布というのが通例ですが、今回は齋藤理事長が「100 人全員に手渡しで握手して配りたい。そのために佐賀まで来たのだから」ということで、参加者全員に直接授与頂きました。このお気持ちは受講生にも通じたようで、「握手した齋藤理事長の手のぬくもりを忘れません」、「学会に入会したいと思います」という感想(効果)が受講アンケートに書かれていました。

受講生の中には医師も多く含まれていますが、臨床で依存症に関わっている方にも非学会員も多く、広報の工夫や勧誘の必要を感じ、学術総会の他にこうした研修会開催が学会の社会的活動として重要であることを改めて感じました。次回から研修会受講時に学会入会申し込みも同時 にできるようにしても良いかもしれません。

次回 30 年度診療報酬改訂には本学会から、「重度薬物依存症入院医療管理加算(30 日まで 1 日 300 点)」と「アルコール関連疾患患者節酒指導料(個人指導 1 回 350 点、3 回までなど)」 を提案しており、今後も本学会が人材育成の役割を担い診療報酬算定に係る研修会を開催する機会は多くなるものと思います。


写真:受講修了証。学会名で発行されました。

9. 施設紹介:成増厚生病院

西村 光太郎
(成増厚生病院アルコール病棟担当)

関東地区および九州地区に拠点を置き、精神科医療および高齢者医療・介護の分野を中心に事業を展開している翠会ヘルスケアグループの基幹病院として、成増厚生病院は 1959 年(昭和 34 年)に東京都板橋区に開設されました。以来、50 年以上にわたり、地域に根ざし、かつ先進的な精神科医療の取り組みを行っています。

当院は東武東上線成増駅からバス利用で 10 分以内、地下鉄三田線西高島平駅から徒歩 7 分の閑静な住宅地に立地しており、現在は精神科救急病棟 2 病棟、精神科急性期病棟 2 病棟、精神 科一般病棟 5 病棟、内科病棟 1 病棟を設置している合計 530 床の様々な機能を有した病院として先進的な精神科医療の取り組みを行っています。

1974 年(昭和 49 年)には民間の病院として全国で初めての男女混合の開放的なアルコール病棟を開設、1990 年(平成 2 年)からは東京アルコール医療総合センターと改称し、より充実した治療を展開しています。当センターでは入院に特化した治療を行っており、来所相談で入院が必要と判断された場合についてのみ、当センターでの治療を行っております。

治療を外来、入院のどちらで行うかに関しては専門的な判断が必要であり、無料の来所相談を行うことによって対応しております。来所相談にて患者様の入院意思が確認されましたら、検査のために当センターの外来を受診していただきます。精神科医と内科医が診察するとともに、血液や脳 CT などの一連の検査を行い、最終的に入院が適当かどうか判断いたします。

当センターでは ARP(アルコール・リハビリテーション・プログラム)の理論を用い、入院治療を進めていきます。ARP とは、「酒のいらない毎日を送りたい」という動機を深め、断酒の技術・習慣を身につけるプログラムです。

入院治療には依存症の治療にとって様々な利点がありますが、以下でその詳細についてご紹介します。

第一に依存症からの回復のスタート期には、こころが揺れます。「絶対断酒しよう」と思う一方で「もっと工夫すれば、上手に飲めるのではないか?」と、考えが毎日変わります。しかし、たとえこころが揺れても、入院することで治療的環境に 24 時間いることでアルコールに手を出すことなく、回復することに集中し、スタート期をより安全に乗り切ることができるからです。

また依存症になると思考・感情も病んできます。長年病んでいると、それが性格なのか病なのか本人も家族も分からなくなります。しかし、人間の脳は、自分の矛盾より他人の矛盾が良く分かるようにできています。入院して、多くの依存症者の体験談を聞くと、「アイツ、飲んでひどいことをやってきたな」と冷静に見ることができるものです。そして、その結果として「待てよ・・・。俺も似たようなことやっていたな」と気づけるようになります。自分の姿を鏡に映すように他の患者さんを客観的に見ることで、現状を理解して、正しい判断を下せるようになっていきます。

そして回復には欠かせない自助グループ参加ですが、たとえ知っていても 1 人で行くのには勇気が必要です。しかし、入院によって、先に入院して積極的に参加している人や、スタッフと知り合うことができます。ともに同じ目的を持つ方が身近にいれば、自助グループに参加する習慣を身につけやすく、また回復した依存症者にたくさん会うことができるというメリットもあります。依存症の大敵は孤立です。孤立した生活を続けるなかで自分が病気であることを忘れ、いざという時に助けてくれる人がおらず、死を迎えてしまう方が少なくありません。このような理由からも、「飲まない仲間作り」は、回復のために非常に大切です。同じ時期に入院していた方同士は、退院後も交流が続くことも多くあります。また、数 10 年の間に当センターを退院した方が、センター周辺の多くの自助会に大勢いて、温かく迎えてくれるので仲間作りも容易です。 依存症の治療には様々な角度からの援助が必要です。というのも、依存症は

  • 合併症(身体、精神の両方の疾病)
  • 法的問題(酩酊時の犯罪、飲酒運転など)
  • 経済的問題(収入の減少、借金など)
  • 職業問題(休職、復職、解雇など)

など、本人にとっての問題はもちろんのこと、対人関係の障害や離婚、親権の取得など、周囲の人を巻き込んだ問題を引き起こすからです。

したがって治療も、休息、生活習慣の立て直し、十分な栄養摂取という基本的な治療にはじまって、薬物療法・作業療法・個人および集団精神療法・家族療法などの各種療法、環境調整、公的支援・司法資源の活用、就職や住居探しのお手伝いまで、幅広く多方面に及びます。

こうした対応を可能にしているのが、当センターの幅広いスタッフ層です。当センター専属の精神科医、内科医、看護師(薬物・アルコール依存症の精神科認定看護師も含まれております)、 臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士が数多くおり、チーム医療を実践しています。スタッフの年齢も 20 歳代から 60 歳代まで多彩なので、どのような患者さんにも十分に対応できる体制となっています。

私達は連日のカンファランスや毎週火曜日のスタッフミーティング、毎月行われる各種勉強会によって治療技術の向上に努めております。

依存症は完治するのが難しい病気です。退院後、「治療をやめてしまって再発する方」「回復の努力をしているが上手く行かず困っている方」も少なくありません。当センターでは、こうした方々へのアフターケアにも対応していますので、ぜひご相談ください。

また、「断酒は守れているが、家族関係や子育て、自らの生活や人生について悩みごとがある」という方への援助も行っています。特に、子育てに悩まれる方は多く、そこに特化した「子どもプログラム」も実施しています。このように、当センターでは患者さんの退院後も、入院中の担当スタッフが継続してご相談をお受けする体制を整えています。外来治療の話に戻りますが翠会グループでは 1990年(平成 2年)、新宿区高田馬場駅前にアルコール依存症を主に扱うサテライトクリニックとして「高田馬場クリニック(現在は慈友クリニックに改称)」を開設しました。

東京アルコール医療総合センターでは、入院を前提とした検査外来のみで、継続的な外来治療は入院前も退院後も行っておりません。来所相談の結果、外来治療が良いだろうと判断される場合や、外来治療を強く希望される場合は、「慈友クリニック」を紹介いたします。当センターを退院後の外来診療につきましても「慈友クリニック」を中心に対応しています。

10. 研究室紹介:山口大学大学院 法医学講座


写真 1:JMSAS2013
藤宮龍也
(山口大学大学院医学系研究科法医学講座)

法医学は法律に関わる医学的諸問題の解決に公正性と科学性を追求し、基本的人権の擁護と社会の安全に寄与することを目標にしています。司法解剖のみが法医学の領域と思われがちですが、医学と法学・社会とが接する領域全てが対象です。裁判員制度の開始後、当法医学教室は積極的に地域の問題に対応して種々の鑑定を行い、社会貢献を心掛けています。司法・死因身元調査法・承諾(行政)解剖については年間 180 件程度行っています。2000 年より、藤宮龍也が第4代教授に着任、2013 年に日本アルコール・薬物医学会総会会長(写真1)、2016 年に日本中毒学会中国四国地方会会長(写真2)を務めました。

1.アルコールの薬物速度論

飲酒は事件・事故の多くに関連し、アルコールは鑑定される最多の薬物です。飲酒運転が典型的ですが、アルコールの血中濃度の推定が重要です。そこで、より科学的な血中濃度推定を目指して薬物速度論的研究を行ってきました。その成果として、アルコール・アセトアルデヒド・酢酸の薬物動態モデルを提唱しました。また、アルコールの速度論研究ではトップレベルであるため、アルコール関連事案の鑑定がよく依頼されています。特に、アルコールの吸収動態について研究を行ってきたころから、関連する鑑定依頼が多くあります。しかし、吸収動態の精密な検討が必要となる事例が多いことから、現在、呼吸中アルコール・アセトアルデヒドの吸収期の動態についての研究を行っています。当教室は日本アルコール・アディクション医学会を中心に活動し、アルコール・アディクション医学の進展に取り組んでいます。

2.アルコール性臓器障害と心臓突然死

日本のアルコール医学研究の拠点を目指して、慢性アルコール性障害のモデル動物を使って研究しています。その結果、慢性飲酒により肝臓の星細胞の活性化が脂肪肝レベルから生じ、断酒により回復することや交感神経系の関与が発見されました。この星細胞は骨髄由来の細胞で、アルコール性臓器障害と交感神経系との関連を検討しています。アルコール性心臓障害では大酒家突然死症候群が有名で、この発生メカニズムの検討も行っています。慢性飲酒後の離脱期に交感神経緊張亢進が起こり、容易に致死的不整脈が生じて突然死することや、離脱期を脱すると回復することなどを発表し、注目されています。このメカニズムは心臓突然死一般に通じるのではないかと考えています。

3.検死制度研究と臨床法医学の取り組み

藤宮は医療過誤と検死制度を専門とし、特に英米圏のコロナー制度を研究してきました。日本の地方の検死制度は戦前の状況に近く、立ち遅れています。山口県警察医会の活動を通じて、山口県下の検死能力の向上に努めてきました。

犯罪予防を行い、社会安全を追求する臨床法医学の視点が日本は非常に立ち遅れています。髙瀬准教授は大阪府および大阪市からの委嘱で性暴力や被虐待児の損傷鑑定を多数行い、2010 年 4 月の SACHICO(性暴力救援センター大阪)の設立へ繋がりました。県内においても、種々の事案に教室として積極的に取り組んで実績を上げています。

4.結語

法医病理医は絶滅危惧種と云われ、後継者養成が必要です。法医学は社会医学の一員として医学教育に積極的に取り組んできました。現在、山口大の医学教育センター副センター長として教育改革に取り組んでいます。このように、当法医学教室は実務・研究・教育面で高い評価を得ています。興味のある方は、ご連絡ください。また、身近に法医学案件でお悩みがお有りでしたなら、お気軽にご相談ください。

今後とも当教室に温かいご指導ご支援の程お願い申し上げます。

【当講座ホームページ】
http://ds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~legal/index.html

写真 2:JSCT 中国四国地方会 2016

11. アディクションとは何だろうか?


図 1:静脈内自己投与の実験
廣中直行
(LSI メディエンス 薬理研究部)

アディクション問題

持統天皇の 3 年(西暦 689 年)、宮中に「双六禁止令」が発令された。当時の双六はバックギャモンのようなゲームだったらしい。人は 1000 年以上も昔からアディクションの問題に悩んできた。飲酒の害はさらに時代をさかのぼって古代中国ですでに認識され、夏の禹王が禁酒令を出している。時代を一挙に下って産業革命後に目を向けると、近代工業が生まれ、都市化が進むに連れてアディクションは厳しい監視と規制の対象になった。イギリスではラム酒とジンの流行を防ぐため、1830 年にビールハウス法が制定された。皮肉にもこの法はビールの隆盛に拍車をかけたが、生産労働を確保するための管理主義的な施策が進むと、必ずその社会の辺境にアディクション問題が生じる。アディクションは自らを辺境に位置すると感じる人々の自己表現なのかも知れない。

行動

アディクションとはまずは行動の問題である。特定の行動を起こす頻度が増え、それに従事する時間が増える。これが「行動の強化」である。また、その行動を減らしたり、やめたりするのが難しくなる。このことを「消去抵抗が高い」という。動物の静脈にカテーテルを植え込み、動物がスイッチを押すと少量の薬液が静脈内に注入されるようにしておく(図 1)。こうすると人間に乱用される薬物の多くは、動物のスイッチ押し行動を増やす。そこで、このような薬物には「強化効果」があるという。いったん増えたスイッチ押しは安定的に維持され、薬液を溶媒に置換してもなかなか減らない。これが消去抵抗の高さである。

健常な動物が自発的にスイッチを押すからには、対象が薬物の場合、アディクションの要因は基本的に薬物側にある。その基盤は中脳から大脳辺縁系に至るドパミン神経系である。この系は報酬系と呼ばれ、環境の中から生存に必要なものを見つけ、そちらに体を向かわせる働きをする。薬物やギャンブルはこの神経系を乗っ取り、自らがあたかも生存に不可欠なものであるかのような顔をする。

認知

実験室の動物を見ていると、薬物摂取に従事する頻度が増えると行動のレパートリーが狭くなって行くのがわかる。これを人間で言えば、アディクションの対象に「とらわれている」といった状態であろう。ドライデンとレントゥルの『認知臨床心理学入門』(丹野義彦監訳、東京大学出版会)は、我が国に初めて認知行動療法を体系的に紹介した本と言えるが、この中ではアディクションに見られる認知の「くせ」として「対象への過度の期待」、「自己評価の低さ」、「ストレス対応の困難」などが挙げられている。こうした「くせ」から抜け出すことが回復の決め手であることはよく知られている。

情動

報酬系は快情動に関係がある。アディクションを招く化学物質は多幸感、陶酔感、高揚感など「快」と考えられる情動を起こす。ギャンブルに勝った喜びも快であろう。しかし、快情動が一挙にアディクションにつながるわけではない。一時の快が消えた後には憂うつ感や後悔が残る。その苦しみから逃れるために再び薬物やギャンブルに手を染めると、今度は以前ほどの快はない。しかしその後の苦しみはまたやってくる。情動の激しいアップダウンが繰り返され、基本的な気分はだんだん不快の方に傾いて行く。George Koob はこのようなプロセスを「アロスタシス」と呼んだ。アロスタシスの果てに起こるのは情動の不活性化である。アディクションに落ち込んだ人々の報酬系は、健常人に比べると反応が鈍い。

多領域から

アディクションは人間の生き方の問題である。分子と心の相克であり、精神と身体の葛藤である。それは内科学の問題であり、病理学の問題である。神経科学の問題であり、薬理学の問題である。精神医学の問題であり、衛生学・公衆衛生学の問題である。社会学や哲学の問題でもある。神経細胞を調べる研究者から当事者や家族の訴えに耳を傾けるカウンセラーまで、さまざまな専門家がこの問題に携わる。その努力は人生が本来の輝きを取り戻すために費やされる。この学会はそのための恰好のインキュベーターである。


Photo by Tsutomu Suzuki

12.事務局からのご連絡・ご案内

【ご入退会・変更等手続きについて】

周囲に当学会へご興味をお持ちの方がいらっしゃれば、是非、本学会へのご入会をお勧めください。

1)入会について

入会はホームページ掲載の「入会申込書」をダウンロードし、必要事項をご記入の上、下記東京事務所まで郵送・FAX・Eメール添付等でお申込みください。入会には理事会審査(1 か 月に 1 度開催)が必要になるため、正式なご入会までには最大 2 か月程度お時間をいただくことがございます。

日本アルコール・アディクション医学会(東京事務所)
〒100-0003
東京都千代田区一ツ橋 1-1-1
パレスサイドビル (株)毎日学術フォーラム内
TEL.03-6267-4550 FAX.03-6267-4555
E-mail: jfndds@mynavi.jp
事務局営業時間:平日 10:00~17:00
※土日祝、年末年始、学術集会中はお休みいたします。

2)変更について

ご所属、ご職名などに変更がありましたら、ホームページ掲載の「変更届」用紙をダウンロードし、必要事項をご記入の上、東京事務所までご連絡ください。

3)退会について

上記の事務所まで FAX、E-mail、郵送等文書に残る手段で、 ①当学会名、②退会される会員のフルネーム、③○○年度をもって退会するとの一文、の 3 点をご連絡ください。

【啓発用リーフレットについて】

当学会では「あなたの飲酒が心配です」とした、啓発用のリーフレットを 1部 30円で下記印刷所に販売委託をしております。ご希望の方は下記までご連絡ください。

  • 会社名 :畠山印刷株式会社
  • 所在地 :三重県四日市市西浦 2 丁目 13-20
  • 電 話 :059-351-2711(代)
  • FAX :059-351-5340
  • Email :hpc-ltd@cty-net.ne.jp
※学会ホームページにも同様のお知らせを掲載しております。

13.編集後記

広報委員会 藤宮龍也
(山口大学大学院医学系研究科法医学講座)

2016 年に日本アルコール・アディクション医学会が発足し、無事に日本アルコール・薬物医学会と日本依存神経精神科学会の統合が完了しました。発足後約半世紀のアルコール・薬物関連の学会が新しい頁を迎えることとなり感無量です。私自身はアルコール(研究)に依存(?)するようになって約 30 年ですが、多くの諸先輩に貴重なアドバイスを頂いて参りました。法医学領域からの参加ですが、依存の精神科・内科・薬理学・公衆衛生学など興味深い学際領域で多くのことを学べてうれしく思い ます。

法医学は死因究明・再発予防・科学的鑑定を使命としておりますが、犯罪・事故と依存とは深く関係しております。精神科や心理学領域からは犯罪心理の面で多くことを学びました。現在、医学教育学にも関与していますが、依存問題の医学・医療・社会的側面をとりあげ、学生の成長の一助としています。2045 年頃には人工知能が人間の知能を追い抜くシンギュラリティを迎えると言われています。この新時代に向かっては、人工知能との依存関係の超越と自立がより重要な問題になると思います。このため、アルコール・アディクション医学の経験は大きな示唆を与えるものとなり、ますますの貢献が期待されるようになると考えます。

本学会は、広く種々の依存・アディクションや関連身体障害に関係する医学・医療に貢献することを目的にしております。多くの先生方にご参加いただき、新しい学会においてもますますの発展を祈念します。今後ともよろしくお願いいたします。

○このたび本ページ右のものをはじめ、p6、p10、p12 にも掲載させていただきました風景写真は、すべて鈴木勉先生(星薬科大学)よりご提供いただきました作品です。鈴木先生のご厚情に感謝申し上げます。


Photo by Tsutomu Suzuki