5-1号 (2020年6月)

1.ハームリダクションについて

齋藤利和
(幹メンタルクリニック院長)

ハームリダクションとは、「合法・違法に関わらず精神作用性のある薬物の使用量は減ることがなくとも、その使用により生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを主たる目的とする政策・プログラムとその実践」のことである。違法薬物の静脈注射使用者が注射針(注射器)を使いまわしすることによる HIV 感染拡大を防ぐための注射針(注射器)交換プログラムがハームリダクションの最初の実践とされている。しかしながら、現在次第にその意味は拡大し、例えばアルコール依存症における「やめさせることよりも治療につながり続けることを目標にした減酒プログラム」もその中に包含されている。さらにプログラムの範囲は従来、物質依存に限られていたが、最近はギャンブルなどの行動嗜癖にまでその範囲は拡大されている。

さて、ハームリダクションを論ずるときに考慮しなければならないことがいくつかある。第1に考えなければならないことはハームリダクションが元々依存症の治療法ではないということである。違法薬物の静脈注射使用者の注射針(注射器)交換プログラムは依存症に対する治療効果は望めない。それは HIV という健康、社会上でのより深刻な問題を回避するための手段にすぎない。一方、最近軽症のアルコール依存症に対する「減酒療法」は後述するように治療として有益と考える。すなわちハームリダクションは異なる原因の依存症に共通する治療手段としてひとくくりに論ずることはできない。 第 2 にハームリダクションを依存症治療法の一つとして取り入れる場合にはその依存症の実態と進展のプロセスと理解したうえで、依存症進展のどの時期にどのように治療を開始するかを考える必要がある。依存する対象によりそれぞれの依存症には依存症としての共通の特徴と共にそれぞれの依存症に固有のそれぞれ異なる実態がある。依存の種類によって、ハームは異なりそれを減ずる方法もまた異なるものである。

ハームリダクションは現在、依存症の新しい治療法として注目を集めている。確かにこのプログラムが有用な場合は多い。例えばアルコール依存症においては、今まで、アルコール依存症とは診断されてこなかった、軽症例の診断技法の基盤として(軽症例で食い止めなければいずれ多くの悲劇を生む重症例に発展する)重要になっている。また、中等症・重症例においても断酒に同意しない者を直ちに医療から排除するのではなく(体のいい診療拒否を正当化するのではなく)アルコール問題に向かい合う、時間と空間を確保するものとして、つまり、患者自身が治療法を選択する機会を得る方法として重要だと考える。しかし他の依存症を考える時、事はそう簡単ではない。特に行動嗜癖については、ハームリダクションが適応できるのかについては今後の研究調査による正確な実態把握と、対処法の可能性が検討される必要がある。この観点からも特にギャンブルアディクションについてはそうした検討が急がれる。平成 28 年カジノを含む複合施設の設立を推進する「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案 (IR 推進法案)」が成立し、所謂ギャンブル依存が広がることが懸念されている。この懸念を払しょくするものとしてもハームリダクションの用語が使われる傾向すらあるからである。

本学会の中にハームリダクション検討委員会が設立された。本委員会の目的は現在のこうした拡大しつつあるハームリダクションをめぐる様々な混乱や誤解・誤用を整理するとともに個々のアディクションに対するハームリダクションプログラムの適応を検討し、適切な治療に結び付ける糸口を探ることにある。現在 COVIT-19 蔓延で委員会は休止状態であるが、早く再開してこれらの検討にあたりたい。

2.2020 年度学術総会のご案内

西谷陽子
(熊本大学 法医学講座)

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、7 月に予定しておりました学会を延期し、2020 年 11 月 22 日から 23 日まで福岡市福岡国際会議場にて第 55 回日本アルコール・アディク ション医学会学術総会を開催させていただくことになりまし た。なお、第 42 回日本アルコール関連問題学会との共同開催の予定でしたが、第 42 回日本アルコール関連問題学会は中止 となりましたので、第 55 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会の単独開催となります。

本会ではテーマを「アルコール健康障害・依存症の多角的 な研究と連携」として、下記をはじめ現在9つのシンポジウムを企画しております。

  • アディクションの治療におけるハームリダクションの意味を考える― その適正使用(効果と副作用)とは ―
  • “多分野学際シンポジウム:アディクション研究のすすめ アルコール・薬物・行動依存の最新知見と臨床への展開を 考える”
  • 依存 dependence と嗜癖 addiction(アディクション)の使い分けの徹底について

また、近年の新しいアディクション・依存に関わる問題として、アルコールのみならず、ニコチン、覚せい剤などの物質濫用、ギャンブルやインターネット、ゲームなどの嗜癖も問題となっています。特に新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う外出自粛は、多くのこれらのアディクション・依存の問題が噴出してきているところでもあります。当学会では、このような様々な形のアディクション・依存についても議論をし、将来を見据えての対策を提示できればと思っております。

学会延期に伴い、演題登録ならびに参加登録も延長したいと考えております。演題登録期間は 2020 年 8 月 10 日まで、参加登録期間は 2020 年 9 月 30 日までに延長いたします。一般演題につきましては会場の都合上、すべて口演発表となります。すでにご提出いただきました演題ならびに抄録につきましては再度のご提出は必要ありません。

今大会で、コロナ禍を乗り越え、多くの先生方とお会いできることを願っております。急な日程変更で、他の日程と重なる先生方も多くおられると思いますが、ぜひ多くのご参加をお待ちしております。

連絡先(運営事務局):株式会社日本旅行九州法人支店 Global MICE 営業部内
〒812-0011 福岡市博多区博多駅前 3-2-1-5F
TEL 092-451-0606, FAX: 092-451-0550
E-mail: alcohol2020@nta.co.jp
Web page: https://www.alcohol2020.jp(QR コードはこちら)

3.2021 年度学術総会のご案内

廣中直行
(LSI メディエンス)

これを書いている現在はまだ新型コロナウィルスの影響がおさまっていません。皆さまに心からお見舞い申し上げますと同時に、人類はこの災禍を必ず克服すると信じています。この感染流行はまた外出自粛、自宅勤務などで新たなアディクションの危機も惹起しました。学会でもこれに対応する注意喚起を迅速に行ったことはご承知の通りです。流動する社会問題と真摯に向き合う学会でありたいと思います。

さて来年(第 56 回)の学術総会は、日本アルコール関連問題学会と共同で、2021 年 12 月 18 日(土)および 19 日(日)、三重県津市の三重県総合文化センターで開催する予定です。年末のお忙しい時期で恐縮に存じますが、過度の飲酒に警鐘を鳴らすには良い時期かも知れません。会場の三重県総合文化センターは素晴らしいところです。広い敷地に建物が 3 つあり、図書館、博物館なども併設され、年末のこの時期には中庭がライトアップされるそうですから、セッションの合間に散策されるのも楽しいでしょう(写真)。

関連問題学会の方はかすみがうらクリニックの猪野亜朗先生が会長です。統一テーマは「最先端医学に基づく職種・機関・地域連携の発展を」というものになると思います。細かい文言には手を入れますが、「最先端の医科学」と「連携」は必ず盛り込んだものになるでしょう。ご承知のように三重県は全国に先駆けて内科と精神科が連携してアルコール問題に対応する体制を作りました。これは「三重モデル」として知られています。そのお膝元で開かれる学会はこれまで以上に連携を促進する契機になるでしょう。一方、最先端の医学、もしくは科学の研究は当学会の発展を支える土台です。アディクションは人間の欲望、意思、情動、学習、記憶、社会性といったテーマに大きな洞察を与えてくれる課題です。広範な基礎研究を促進する必要があります。

来年の学会ではこうした連携と研究の触媒の役割を果たしたいと考えています。経費を削減しつつ、それでも 20 件程度のシンポジウムのスロットが確保できる見通しです。歴史と文化に彩られた伊勢の国を舞台に皆さまの交流を促したいと存じます。よろしくご協力のほどをお願い申し上げます。

4.第 17 回 European Society for Biomedical Research on Alcoholism 印象記

北川隆太
(順天堂大学 消化器内科)

今回、日本アルコール・アディクション医学会からのご支援を頂き、2019 年 9 月 21~24 日の期間、フランスのリールで開催された第 17 回ヨーロッパアルコール医学生物学会 (European Society for Biomedical Research on Alcoholism, ESBRA2019)に参加させて頂きました。リールはフランス北部のベルギー国境近くに位置する都市で、シャルル・ド・ゴール 空港から TGV で 1 時間ほどの距離にあります。

リール行きのホームの改札に駅員はおらず、特にチケットを確認されることもなく TGV へ乗車しました。全席指定とのことでしたが、いくら探してもチケットに記載されている座席番号は見当たらず、適当な席に座りフランスの鷹揚さを実感しました。リールは歴史的建造物とアートの街であり、大通りのいたる所に巨大なオブジェが展示され、大広場の「グラン・プラス」は様々な店と多くの人で賑わっていました。学会会場は案内板が少なく、受付が分からずに右往左往しましたが、それは日本人だけではなく他の国の方々も同様で、ここでもフランスの鷹揚さを感じることとなりました。

私は「Novel concepts in alcoholic liver disease」という若手研究者向けのシンポジウムで、アルコール性肝炎と腸内細菌叢の関係性について発表しました。アルコールにより腸内細菌の異常増殖および腸管透過性の亢進が惹起され、LPS を始めとする細菌産生物の門脈への流入が促進し炎症が惹起されます。アルコール関連肝疾患患者では腸内細菌の多様性の低下 (dysbiosis) が生じ、 Bacteroidetes の減少や Proteobacteria の増加などが生じます。我々のデータとして、難吸収性抗菌薬であるリファキシミンを用いた小腸細菌叢の制御によりアルコール性肝炎が抑制されることを報告しました。海外での講演は経験がなく 20 分弱の発表には不安が募りましたが、実際は特に緊張することもなく、質疑応答では自分の研究分野であれば英語でも理解できることを実感できました。

本セッションで取り上げられた他国の内容を紹介します。フィンランド Oulu 大学の A. Laitakari からは、代謝性の機能障害に関連する hypoxia-inducible factor prolyl 4- hydroxylase 2 (HIF-P4H-2)の不活化によるアルコール性脂肪性肝炎の抑制の報告がありました。HIF-P4H-2 の不活化により脂質生成の抑制や代謝・抗酸化低酸素誘導因子・ALDH2 の亢進が生じることで肝障害を抑制しており、今後 HIF-P4H-2 阻害薬による臨床試験の開始が可能となるという趣旨の発表でした。HIF-P4H-2 阻害薬は既に腎性貧血に対して臨床試験が開始されている薬剤であり、臨床試験を見据えた基礎実験に感銘を受けました。ドイツ Heidelberg 大学の S. Hammad からは、慢性肝疾患における線維化パターンの構造について報告されました。線維化形成の molecular driver として CYP2E1 が想定され、動的な CYP2E1 活性/阻害数理モデルを用いた検証について紹介されました。今後臨床での使用を検討されており、大変興味深い研究でした。

最後に、今回の渡航に際して多大なご支援を頂きました日本アルコール・アディクション医学会関係者の皆様に深く感謝致します。

左から二番目が著者

5.国際学会情報

高田孝二

国際委員会は、アルコール・アディクション関連分野における本学会および日本の国際的プレゼンスを高め、あわせて行動のアディクションを含む依存治療・予防の質を高めることを目的として活動しております。このため、ISBRA およびそ の傘下の学会、および CPDD をコアの学会として、国際学会におけるシンポジウムやワークショップの企画・推進、学会間のジョイントシンポジウムの企画・開催などを行い、合わせて関連国際学会情報の周知を行っております。

この一環として、これまで、主にアジア地域での国際学会におきまして、シンポジウムを企画・サポートしてまいりました。2019 では、11 月にマレーシアで開催されました、Asia- Pacific Society for Alcohol and Addiction Research (APSAAR)において、公募による筑波大学新田千枝先生提案の” Family Environment and Addictive Behavior among Youth” シンポジウムをサポートした他、国際委員会として、Early Career Researchers Symposium の形で” Clinical research in progress on addictive medicine”を開催いたしました (オーガナイザー:白坂知彦先生)。

本年は、Covid-19 蔓延により、国内外の学会のキャンセルや延期が相次いでおり、5/21-5/24 開催の Association for Behavior Analysis International の第 46 回年次大会はオンラインで行われ、また、このような virtual な会合や、対面形式も含めた hybrid の形式も模索されています。Covid-19 の終焉はまだ明らかではなく、今後、このような形が必然となる可能性も考えられますが、時差について、基準をどこにおくかなど、解決すべき問題も多いと思われます。

以下に本年 6 月以降に開催予定の主な関連国際学会を掲載いたします(各分野で日付順;選定は国際委員会)。なお、本年 6/20-6/24 に New Orleans(米国ルイジアナ州)で開催予定であった ISBRA/RSA 2020 Conference は、2021 年 6 月に延期されております ( 開催地: San Antonio, TX, USA ; https://www.isbra.com/ )。

精神医学分野、薬理学分野

  • Research Society on Alcoholism (RSA) 43nd Annual S cientific Meeting 2020: 上掲のとおり、本年 6 月に予定されていたが、2021 年 6 月に延期された(https://www.xcdsystem.com/rsoa/index.cfm?ID=LeJoWZ u&CFID=18943296&CFTOKEN=53e84d5c3d2df34b-5D313F18- FD43-F795-59D608E99F8DFB04)。
  • College on Problems of Drug Dependence (CPDD), Annual scientific Meeting, 6/22-6/24, 2020, Hollywood, FL, USA にて開催予定であったが、対面での開催はキャンセルされ、同期間に virtual meeting として行われる (https://cpdd.org/meetings/current-meeting/ ;スケジュールは米国東部時間で実施)。
  • International College of Neuropharmacology (CINP; https://www.cinp2020.org/postponement/)6 月 25~28 日 から 2021 年の 2 月 25~28 日に延期。
  • European Society for Biomedical Research on Alcoholism (ESBRA), Nordmann Award Meeting 2020, 10/15-10/17, Madrid, Spain (https://namadrid2020.com/ ) 予定詳細は 5-6 月に発表
  • International Society of Addiction Medicine (ISAM) XXII –Canadian Society of Addiction Medicine (CSAM) XXXII Annual Meeting and Scientific Conference (ISAM & CSAM Joint Meeting 2020), 11/12-11/14, 2020, Victoria,BC,Canada
    (https://isamweb.org/events/isam-2020/ )

内科学分野

  • United European Gastroenterology (UEG), UEG Week Amsterdam 2020, 10/10-10/14, Amsterdam, Netherland (https://ueg.eu/ ) 本年 6 月以降のスケジュールは検討中
  • American Association for the Study of Liver Diseases (AASLD), Liver Meeting 2020, 11/13-11/17, Boston, MA, USA (https://www.aasld.org/event/liver- meeting ) Abstract submission 締切は 7/17 に延期.

衛生学・公衆衛生学分野

法医学分野

  • 58th The International Association of Forensic Toxicologists (TIAFT2020) 10/31-11/5, 2020, Cape Town, South Africa (https://tiaft2020.co.za/ ) キャンセル・2021 年 10 月に延期
    (https://www.facebook.com/TIAFT1963/posts/2919835574764080 )

心理学分野

  • European Association for Behavioral and Cognitive Therapies, 50th Congress, 9/2-9/5, Athens, Greece (http://www.eabct.eu/ ) “cyberspace”に移行中。早期割引登録締切は 8/20。
  • Culturo-Behavior Science for a Better World (Association for Behavior Analysis International 主 催), 10/7-10/9, New Orleans, LA, USA (https://www.abainternational.org/events/culturo- behavior-science-for-a-better-world/conference- home.aspx )
  • Association for Behavioral and Cognitive Therapies (ABCT), 54th Annual Convention, 11/19-11/18, WashingtonDC,USA (http://www.abct.org/Conventions/?m=mConvention&fa=d Convention ) 法的規制状況により、”virtual or hybrid event” 形式での開催を考慮。

6.APSAAR2019(JMSAAS-supported 国際若手シンポジウム企画)参加報告 新田千枝 (独立行政

新田千枝

私は、当学会の援助を受け、昨年秋にマレーシアで開催された APSAAR2019(Asia Pacific Society of Alcohol and Addiction Research:2019/11/27~29)に参加させていただきました。この公募シンポジウム企画は、45 歳以下の若手が企画、座長を務め、かつ演者に若手を含み、2か国以上からの参加が要件でした。そのため、多方面にお声掛けをさせていただき、マレーシアに一緒に来てくださる方を探しました。その結果、中国から楊文潔先生(雲南大学)、インドネシアから Dr. Enjelin Hanafi 先生(インドネシア大学)、日本から真栄里仁先生(久里浜医療センター)および当職の計 4 名のスピーカーと、木村充先生(久里浜医療センター)を指定討論者にお迎えし、「Family Environment and Addictive Behavior among Youth;家庭環境と若者の依存行動」というタイトルでシンポジウムを実施することができました。多忙な日常業務の時間をぬって、本企画のために労力を割いてご参加くださった上記の先生方には、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。また、出発前から現地情報をお知らせくださり、細やかなお気遣いをいただきました国際委員会委員長の高田先生にもから御礼を申し上げます。

そもそも、私はこれまで国内学会でも、シンポジウム企画や座長をしたことがなかったため、今振り返ると無謀なチャレンジだったと反省しております。本企画は、演者の先生方 の素晴らしいご発表内容と木村先生の英語力に助けられました。実のところ、発表当日、経験不足の私が何より困ったのは、我々の企画が 20 分遅れで始まり、イスラムの金曜日のお祈り時間の関係で、10 分早く終わったということでした。当初の予定より発表時間が大幅に短縮したことで、「恐怖の英語での質疑応答時間が短く済んだ!」というメリットもありましたが、正直焦りました。しかし、世界各国から異なる文化背景を持った人々が集まる国際学会ではこのようなことはよくあることと、後に先輩方からお話を伺い、今では貴重な経験ができてこれ幸いと感じています。そして、本企画発表を無事終えた翌日にはクアラルンプール観光(広大な国王宮殿や、装飾が美しいモスク、ヒンドゥー教のバトゥー洞窟寺院見学など)を楽しみました。ドキドキの国際シンポジウム企画と参加でしたが、大変充実したものとなりました。

終わりに、このような貴重な機会を与えてくださった当学会の皆様に感謝します。ありがとうございました。

2019 年 11 月 29 日 APSAAR シンポジウム会場にて撮影。
左から木村先生、Dr.Enjeline、楊先生、新田、真栄里先生、高田先生

7.施設紹介:東北会病院

石川 達
(医療法人東北会 東北会病院)

1.病院の概要

東北会病院(以下『当院』)は今年開設 115 年を迎える、民間の精神科単科病院である。宮城県仙台市(人口約 110 万人) のほぼ中心部に位置し、交通が至便な都市型の病院であり、年間の新患数は約 750 名で、内アルコール使用障害は約 300 名、入院者数は約 280 名である。当院治療の特徴は、外来患者数が多いこと、機能別病棟で運営されていること、多彩なグループ療法が展開されていること、家族を主な対象とする相談室(ワナクリニック)を併設していることなどがあげられる。

2.当院アルコール医療の経過と現状

当院では、昭和 30 年代から院内断酒会が開かれ、全断連初代会長松村春繁氏の訪問を受けたという記録がある。一方、長期入院患者が多く、全病棟閉鎖処遇で薬物治療中心の医療が長く続いていた。昭和 50 年代の、全国的な精神医療改革の流れの中で、当院も病棟開放化などが進められ、同時に昭和 53 年からアルコール病室、次いで昭和 56 年にアルコール病棟(60 床)が設置され、「旧久里浜方式」に基づくプログラムが整備された。「アル中は治療対象にはならない」という当時の精神科医の常識を背景に、「開放化」と「アル中の治療」という二重の壁に対する古参職員の抵抗は強かった。理由は、開放的な処遇やプログラムを組むことが、“アル中だけを特別待遇する”ととらえられたことにあった。しかし、こうした取り組みが他の精神障害にも対象を拡げ、病院全体が“「アルコール医療」化”し、風通しの良い病院となった。アルコール医療が当院を変えた。

その後、飲酒低減療法、CBT(認知行動療法)、CRAFT(コミュニティ強化法と家族トレーニング)などプログラム内容の変化、新たな薬物の出現など紆余曲折はあるが、開放処遇、本人の意思確認(“今より少しでも楽になりたい”という意思)、教育入院、家族支援、自助グループとの連携や設立支援などの基本方針は引き継がれ、治療対象も、ギャンブル障害、ゲーム障害、摂食障害、窃盗障害などの行動嗜癖に拡がった。また、アルコール病棟開設と同時期に、宮城県の酒害相談やアディクション問題に関心を持つ人々による「宮城県アルコール問題研究会」が開始された。それらは現在まで継続されており、当院の重要な社会資源になっている。

3.終わりに

アルコール医療では、関連機関の連携と治療の継続がなにより重要である。そのためには、専門病院が地域に開かれている必要がある。令和元年、当院は宮城県の依存症治療拠点 機関に指定された。東日本震災での支援の経験を生かし、他医療機関や地域行政機関との連携を強化し、治療ギャップを小さくすることを課題に活動している。そのため、救急病院や身体科からの要請にも積極的に応じている。昨年度は 124 カ所の医療機関から紹介があったが、1つの成果と考えてい る。

追記

現在、コロナ禍が全国を席巻し、我々が大切にしてきた「連 携」と「継続」が奪われ、ただでさえひ弱なアディクション医療が危機に瀕している。乗り越えなければならない。

8.研究室紹介:順天堂大学医学部消化器内科学講座 肝臓グループ

山科俊平
(順天堂大学医学部消化器内科)

順天堂大学医学部消化器内科学講座の肝臓グループは、池 嶋健一教授のもと、肝疾患全般の診断・治療を行うとともに、アルコール関連肝疾患や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)をメ インテーマとして研究を行っています。

臨床では、腹腔鏡下や超音波下での肝生検を行って肝疾患の確定診断や病態把握・治療方針決定に役立てていますが、まずは体成分分析装置(InBody)による全身の代謝バランスの評価や超音波エラストグラフィーによる肝線維化の非侵襲的評価を積極的に行うなど、患者さんにやさしい医療を心掛けています。肝硬変などの門脈圧亢進症に伴う胃食道静脈瘤に対する内視鏡的静脈瘤硬化療法に加えて、バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(BRTO)や、観血的治療を要する血小板減少患者に対する対部分的脾梗塞術などの Interventional Radiology(IVR)に関しても当グループの熟練したスタッフが行っており、幅広い医療を提供しています。

研究領域では、分子病態の深い理解に根差したハイエンドの肝疾患診療を常に目指すというポリシーのもと、臨床研究のみならず基礎研究にも積極的に励むことが伝統となっています。脂肪肝やアルコール性肝障害の動物モデルを用いて、肝免疫、小胞体ストレスやミトコンドリア障害、オートファジー機能障害など、多岐にわたった解析を行っているのが特徴です。また、アメリカやヨーロッパの研究機関との豊富なコネクションがあり、医学生や若手医師を積極的に送りだして交流を深めています。現在も米国ピッツバーグ大学留学中のメンバーがおり、アクティビティーの高い環境で研究に専念しています。グループのメンバーは国際学会にも毎年のように積極的に参加して演題発表をしていますが、池嶋教授が海外の研究者や医師に顔が広いこともあり、外国の先生方とのディスカッションや懇親会などの機会も多く、国際的な視野を涵養する貴重な経験ができるのも魅力の一つです。ウイルス性肝炎に対する抗ウイルス薬が格段と進歩を遂げた一方で、アルコール関連肝疾患や NASH などの嗜癖や生活習慣に密接に関連した肝臓病に関しては、依然として根本治療が確立しておらず、アンメット・メディカル・ニーズになっています。個々の状況に応じた治療的介入が求められ、病態コントロールが難しい現状があることから、より良い治療法の開発が望まれています。アカデミアの立場からトランスレーショナルリサーチを発展させて、より多くの情報を発信できるように取り組んで行く所存です。診療連携や共同研究なども含 め、是非とも気軽に声をお掛け頂ければ何よりです。

2019 年 5 月、米国消化器病学会週間(DDW,サンディエゴ)にて。写真中央が池嶋教授。向かって左端は同行した医学部学生の小笠原義史君(当時 6 年生)。学会参加に引き続いてカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)で実習を行った。
2018 年 10 月国際アルコール医学生物学会(ISBRA, 京都)にてProf. Sebastian Mueller と彼のラボメンバーと学会会場内で情報交換した際の写真。写真中央が左が Prof. Sebastian Mueller、右が池嶋教授。

9.アル法関連記事

堀井茂男(公益財団法人慈圭会慈圭病院)
猪野亜朗(かすみがうらクリニック)
稗田里香(武蔵野大学・特定非営利活動法人 ASK)

2013 年 12 月に制定、翌年 6 月より施行されたアルコール健康障害対策基本法(以下、ア基本法)に基づき、2015 年 5 月 アルコール健康障害対策推進基本計画(以下、ア基本計画)が策定され、今年で施行後 7 年目を迎え、厚生労働省(以下、厚労省)の依存症政策は、薬物依存、ギャンブル依存と併せ、ここ数年数々の成果をあげてきている。ア基本法に基づくアルコール健康障害対策関係者会議(以下、関係者会議)の新たなメンバー構成(第 3 期)による第 1 回目の会議(第 18 回関係者会議)が 2019 年 3 月 29 日に、第 1 期ア基本計画(平成 28 年度 ~令和 2 年度の 5 年間)の見直しを目的にスタートし、現在までに計4回開催された。第 19 回関係者会議までの報告は 2020 年 1 月 10 日発行のニューズレターで報告しているので、ここではその後の第 22 回までの関係者会議を中心に報告したい。この 3 回の関係者会議はいずれもアルコール健康障害に関する取組等について委員・参考人からの報告、意見交換がなされており、内容が多岐にわたっているため、本稿では各発表者の内容の一部を紹介する。質疑応答を含めた会議の詳細は、厚労省のホームページにある議事録及び資料を参照していただきたい。なお、第 23 回は、COVID-19 感染防止のため延期され、6 月 12 日にオンラインによって会議が再開される予定となっている。

また、ア基本計画を推進する動きとして、2019 年 12 月 8 日、三重県四日市市で開催された日本アルコール関連問題東海北陸地方会の報告と、「三重アルコールと健康を考えるネットワーク」の誕生に関連した報告をする。

1.都道府県アルコール健康障害対策推進計画の取組状況

2015 年 5 月 31 日制定のア基本計画策定により、地方自治体に推進のバトンが渡され、各県のアルコール健康障害対策推進計画は、2019 年 3 月には、28 道府県が策定済み、14 都県 が策定中、5 県が策定予定となっていたが、2020 年度 3 月にはほぼ出揃い、和歌山県だけがギャンブル関連法案のためか策定予定となっている。今年度中には 47 都道府県全てが出そろう予定となり、政府の目標達成の目途が立ったことになる。但し、計画ができても実際の行動が伴って意味があるので、今後が大切であり、各自治体が掲げる目標数値などの具体的な達成に向けての取り組みに対する、私たちの関与、モニタリングと成果の検証が重要と思われる。

2.アルコール健康障害対策関係者会議の概要

(1)第 20 回アルコール健康障害対策関係者会議(2019 年 12 月 19 日、厚労省)

本会議では、関係者会議委員 5 名と参考人 2 名の計 7 名より、それぞれの立場から実践報告があった。発表テーマと発表者については以下のとおりである。

①「アルコール性肝障害の現状」(堀江義則:湘南慶育病院 副院長・慶應義塾大学特任教授) ②「プライマリケアにおけるアルコール関連問題への取組み」(吉本 尚参考人:筑波大学医学医療系) ③「精神科診療所の立場からアルコール医療 を考える」(辻本士郎:東布施辻本クリニック院長) ④ 「2019 年度アルコール関連障害対策基本法に関連する、中国・ 四国地域の事業」(堀井茂男:日本精神科病院協会常務理事) ⑤「Treatment Gap をうめる架け橋」(小松知己:沖縄県協同病院心療内科部長代行) ⑥「産業保健・企業の取組み」(廣 尚典参考人:産業医科大学産業生態科学研究所精神保健学 産業医実務研修センター) ⑦「基本計画の成果と今後の重点課題 SBIRTS の促進に向けて」(伊藤 聡:公益社団法人全日本断酒連盟副理事長)

これらの 7 名の報告で共通するのは、専門治療機関ではない場にあるトリートメントギャップと、それを埋めるための連携が重要であることが示された。一般医療機関、総合診療 (プライマリケア)、総合病院、診療所における、内科医やプライマリケア医などと精神科診療所とが連携して断酒あるいは飲酒量低減の指導を行っていくこと、医療にとどまらず地域のネットワークによって多職種が連携すること、SBIRTS を推進し自助グループと連携することなどである。また、連携の有効なモデルとして、総合病院における「架け橋 model」の具体的な実践も示された。

一方、これらの実現には、多岐にわたる課題が明らかとなった。診療所の問題、患者側の問題、医療供給体制の問題、社会的問題、家族側の問題、総合病院に精神科医を配置するための診療報酬の課題などである。また、産業保健の領域においては、産業医あるいは産業看護職、衛生管理者など現場の専門スタッフを巻き込み、動かすような取組の重要性と、職場復帰支援においては家族との連携が職場の産業医、産業看護職では難しいという課題も浮上した。さらに自助グループの立場から、地域行政における組織的な情報共有の不足や、地域差があるアルコール依存症健康障害対策に関するモチベーションの課題について指摘された。

2)第 21 回アルコール健康障害対策関係者会議の概要(2020 年 2 月 6 日、航空会館)

本会議では、関係者会議委員 2 名と参考人 4 名の計 6 名より、それぞれの立場から実践報告があった。発表テーマと発表者については以下のとおりである。

①「依存症相談拠点と精神保健福祉センターの依存症対策 事業・全国精神保健福祉センター長会の依存症対策」(白川教人:全国精神保健福祉センター長会常任理事) ②「福岡県宗像・遠賀保健所におけるアルコール依存症対策事業」(中原 由美:福岡県宗像・遠賀保健福祉環境事務所(保健所長)) ③ 「「依存症を考えるつどい」の取り組み」(鹿内文枝参考人: 北海道渡島総合振興局保健環境部保健行政室健康推進課) ④「高齢者のアルコール問題における支援について」(小仲宏典参考人:新生会病院) ⑤「AAの概要と関係者の皆様への ご協力について」ほか(AA日本参考人) ⑥「みのわマック の取組」(伊藤達雄参考人:みのわマックサービス)

依存症相談拠点における取組の実際について、精神保健福祉センターや保健所における実践が推進されている報告であった。いずれも、アルコール健康障害対策基本法の成果であることが強調されている。また、北海道の港町では、高齢化と飲酒問題が進む地域の特性をふまえ連携して取り組む必要から、保健所が主体となり「依存症を考えるつどい」を開催し、行政と住民とのネットワークづくりを推進することで成果を上げていることが会議で注目された。

高齢者の相談の実際について、依存症専門病院のソーシャルワーカーの立場から、高齢者の飲酒問題の実態や偏見、ARP の効果について、また介護領域におけるアルコール問題に対応できる支援者の育成などの課題について指摘があった。

自助グループの一つであるAAからは、回復者の経験談を通し回復の効果について強調し、AAの積極的な活用を呼びかけた。依存症民間支援施設のみのわマックからは、施設の歴史からマックの利用者の背景、例えば、クロスアディクションや、精神疾患の合併、犯罪歴を有するなど、断酒だけではないグレーゾーンのニーズをもつ利用者が増えていることが 指摘された。

(3)第 22 回アルコール健康障害対策関係者会議の概要(2020 年 3 月 18 日、厚労省)

本会議では、関係者会議委員 2 名と参考人 4 名の計 6 名より、それぞれの立場から実践報告があった。発表テーマと発表者については以下のとおりである。

①「大学における飲酒事故・アルコールハラスメント防止教育の取組みと課題」(小佐井良太参考人:愛媛大学法文学部 人文社会学科) ②「不適切な飲酒の予防、適正飲酒の啓発に向けた酒類業界の取組みについて」(板垣武志:ビール酒造組合専務理事) ③「WHO アルコール世界戦略と酒類業界の取り組み」(田中 潤参考人:日本洋酒酒造組合) ④「酒類販売の現場から」(吉田精孝関係者会議委員:全国小売酒販組合中央会副会長) ⑤「三重県における飲酒運転防止に関する取組」 (花尻一也参考人・濱幸伸参考人:三重県医療保健部健康づくり課 環境生活部くらし・交通安全課) ⑥「沖縄県における飲酒運転根絶対策について」(登川正隆参考人:沖縄県警察 本部交通部交通企画課)

小佐井参考人は、自身の研究(飲酒死亡事故の裁判や遺族について)をふまえ、大学生のアルコールに関わる飲酒事故(イッキ飲ませ、アルコールハラスメント)の予防啓発に対する愛媛大学の取組みとして、新入生向けのガイダンスや授業など学内での積極的な活動を紹介した。また、このような活動は、大学の責務であることを強調した。

酒類を提供する側から、酒類業界の取り組みとして、適正飲酒などの推進、20 歳未満の飲酒防止、ビール酒税の適正化、環境美化・省資源の推進、国内外のビール醸造組織との協働等で活動が紹介された。また、WHO のグローバル戦略に呼応する酒類業界の積極的な取り組みも加えられた。日本における酒類販売の取り組みとして、業界自主基準の制定と遵守、適正飲酒等の啓発に向けた各種キャンペーン等の実施、酒類販売管理研修による販売管理者への教育実施等の 3 軸で不適切な飲酒の予防、適正飲酒の啓発に向けた取り組みについて説明があった。さらに、女性の飲酒問題への積極的な取り組みの必要についても強調された。ストロング系や女性や学生をターゲットにする売り方について質疑応答が活発になされた。

3.学会・職能団体の連携を進めよう!(日本アルコール関連問題学会第 10 回東海北陸地方会からの報告)

2019 年 12 月 8 日、三重県四日市市にて日本アルコール関連問題学会東海北陸地方会が多くの後援団体の協力を得て、開催された。全体テーマは「連携をめざして」として、シンポジウムの一つは「学会・職能団体・多職種の連携」、もう一つは「地域の連携」であった。

当日、これらの後援団体は県内の連携組織を立ち上げることを確認した。現在その組織の名称を「三重アルコールと健康を考えるネットワーク」と名付け、17 団体(日本プライマリ・ケア連合学会三重県支部、三重県医師会、三重精神医会、三重産業医会、三重県薬剤師会、三重県臨床心理士会、日精看三重県支部、三重県アルコール看護ネットワーク、全国保健師長会三重県支部、三重県医療ソーシャル・ワーカー協会、三重県作業療法士会、三重県栄養士会、トータルヘルス研究会、三重県精神保健福祉士協会、三重県、四日市、県病院薬剤師会)が地域連携、一般病院における院内連携を目指す具体化の努力を続けている。「学会・職能団体・行政機関による連携の三重県版」ができたことにより「医療の現場」、「地域の現場」が変わっていくことを期待している。

(なお、この地方会の報告書ができており、入手希望者はかすみがうらクリニックへ電話をすれば着払いで送付可能)。また、来年度の日本アルコール関連問題学会総会は、2021 年 12 月 17〜19 日、三重県津市の三重県総合文化センターで行われるので、様々なアルコール健康障害やアルコール救急に関与する学会(日本救急医学会、日本消化器病学会、日本プライマリ・ケア学会など)とのジョイント・シンポジウムを企画し、学会連携を模索して行きたいと考えている。

アルコール健康障害という難題にチャレンジするには、個 人の力、医療機関の力、各種機関の力、学会の力、医師会など の力、都道府県の力、国の力、WHO の力の相互の力を連携させていくことが重要である。学会の先生方はじめ関係者のさらなる協力が期待されている。

<参考文献>
1) 厚生労働省ホームページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000167071_450973.ht ml(2020 年 5 月 25 日閲覧)

10.依存症対策全国拠点機関設置運営事業について

真栄里仁
(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)

事業目的

依存症は当事者・家族が病気との認識を持ちにくいことや、治療のできる専門医療機関・専門医の不足等から、依存症者が必要な支援を受けられていない。このため支援体制の整備を図るため平成 29 年 6 月に、「依存症対策全国拠点機関設置運営事業の実施について」「依存症専門医療機関及び依存症治療拠点機関の整備について」「依存症対策総合支援事業の実施について」が厚労省より発出され、国として包括的な依存症対策を行うことになった。同事業の対象となる依存症等は、当初のアルコール健康障害、薬物依存症、ギャンブル等依存症(ギャンブル障害)に、現在はゲーム依存症も加わった 4 依存症となっている。

組織(図)

事業統括・企画部門として、依存症対策全国協議会があり、その下に、事業執行部門として依存症対策全国センター (NCASA)が設置されている。本事業の実施主体は独立行政法人 国立病院機構久里浜医療センターだが、薬物依存症については国立精神・神経医療研究センターに委託され、同センターが薬物依存症に関する各種事業を担当している。肥前精神医療センターも本事業の研修実施に協力している。また各地の専門医療機関・治療拠点機関については都道府県・政令指定都市が地域の依存症医療機関のなかから指定し、各医療機関が治療や連携等の様々な依存症対策を行うこととなっている。相談拠点も都道府県等によって指定される依存症に関する相談の拠点となる機関であり、精神保健福祉センターが選定されることが多い。相談機関には依存症相談員の配置、民間等の関係諸機関との連携を行うこととなっている。

事業内容

1.依存症対策全国センター(NCASA)

研修事業では、地域での依存症対策指導者育成として「依存症治療指導者養成研修(専門医療機関等職員対象)」「依存症相談対応指導者養成研修(精神保健福祉センター職員等対象)」「地域生活支援指導者養成研修(地域で依存症患者等の生活支援を行う者対象)」を、マック、DARC 等の回復施設職員対象には「依存症回復施設職員研修」を、依存症ごとに年 1~ 2 回開催している。また「都道府県等依存症専門医療機関全国会議(専門医療機関スタッフ対象)」「都道府県等依存症相談員等全国会議(精神保健福祉センター等の相談拠点相談員対象)」を合同の会議として年 1 回開催している。他に依存症に関する情報収集・情報提供(調査事業)、ホームページ等を通した普及啓発活動を行っている。

2.依存症専門医療機関・治療拠点機関

依存症専門医療機関は、①資格を有した精神科医、②依存症専門プログラム、③依存症研修を受けたスタッフ、④診療実績、⑤地域や自助グループとの連携、の 5 条件を満たす医療機関の中から、都道府県が依存症ごとに選定し、更にその中から、専門医療機関のとりまとめ、情報発信、研修などを担う医療機関を治療拠点機関として選定している。

3.地域での総合的な依存症対策

都道府県が事業主体となり、地域支援体制(関係機関による検討会で“治療拠点機関”、“相談拠点”、“地域計画”を協議)、連携会議(精神保健福祉センター等による関係機関の会議)、相談拠点や相談員の支援、地域での依存症の研修、普及啓発・情報提供、回復プログラムの実施等を行っている。

今後の課題

これまでの取り組みにより、依存症関連の人材育成、治療・相談体制の整備が進み、全国各地の依存症当事者・家族にとっても相談・治療・支援施設へアクセスがしやすくなってきたが、一方で、整備状況の地域差、依存症ごとの差は依然として大きく、今後の課題となっている。

11.ギャンブル等依存症対策基本法の成立と今後のギャンブル障害対策の推進について

木戸盛年
(大阪商業大学 経済学部)

今回紹介するギャンブル等依存症対策基本法(以下、ギャンブル基本法)の成立の背景には、わが国における統合型リゾート(Integrated Resort、以下 IR)誘致に向けた動きの活性化 と 2016 年 12 月に成立した特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(IR 推進法)の附帯決議にてギャンブル障害対策の強化が求められたことが関係している。そして、ギャンブル障害が適切な治療と支援により十分回復可能であるにもかかわらず医療体制や相談支援体制が十分ではなく、治療や支援に資する社会資源の情報を得にくいという現状において国が総合的にギャンブル障害対策を推進する必要があると考えられたことから、2018 年 7 月のギャンブル基本法成立に至った。

ギャンブル基本法には、ギャンブル障害対策を総合的かつ計画的に推進するため 36 の条文が記されている。第 1 章(第 1~11 条)には目的とギャンブル等依存症の定義、基本理念、他の依存の施策との連携について、国や地方公共団体、関係事業者、国民と対策関連業務に従事する者の責務やギャンブル等依存症問題啓発週間について、法制上・財政上の措置について条文が記されている。第 2 章(第 12~13 条)にはギャンブル等依存症対策推進基本計画(以下、基本計画)における政府と都道府県の役割について、第 3 章(第 14~23 条)には基本的施策として教育の振興等、ギャンブル等依存症の予防等、医療提供体制の整備、相談支援等、社会復帰の支援、民間団体の活動に対する支援、連携協力体制の整備、人材の確保等、調査研究の推進等、実態調査が挙げられ条文が記されている。最後に第 4 章(第 24~36 条)にはギャンブル等依存症対策推進本部について記されている。しかし、これら条文には大まかな方針や手順が記されているだけである。より具体的な対策に関しては、2018 年 10 月のギャンブル等依存症対策推進本部の設置、そして有識者を含むギャンブル等依存症対策推進関係者会議での意見交換を経て、2019 年 4 月に国や地方自治体、関係事業者等の具体的な取り組みを記載した基本計画が策定されたことにより推進がなされている。例えば、IR 誘致を積極的に進めている地方自治体の 1 つである横浜市では 2020 年 3 月に実態調査が実施され、ギャンブル障害が疑われるもの割合が横浜市に住む成人の 0.5%であり 2017 年に実施された全国調査の割合(0.8%)を少し下回るという結果が得られている。

現在、基本計画に基づき横浜市をはじめ多くの地方自治体において対策が進められている。しかし、それぞれの対策についてエビデンスに基づいた効果の検証が精密になされているとは言い難い状況である。ギャンブル基本法では基本計画の検討を 3 年ごとに行うことを義務付けており、今後は次回の検討までに科学的な視点に基づいたエビデンスの収集と効果の検証が望まれる。そのためには医学だけでなく心理学を含めた様々な学問の協働が必要となるだろう。

12.日本学術会議アディクション提言の公表

池田和隆
(東京都医学総合研究所依存性物質プロジェクト)

本ニューズレターでも準備過程をご紹介して参りました日本学術会議からのアディクションに関する提言「アディクション問題克服に向けた学術活動のあり方に関する提言」が 2020 年 4 月 15 日に公表されました。日本学術会議での提言の公表サイトは以下です。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/division-15.html
また、提言の PDF ファイルは以下の URL よりご覧いただけます。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t286-6.pdf
提言の要旨は、以下の朝日新聞のウェブ言論サイトに投稿いたしました。
https://webronza.asahi.com/science/articles/2020041200 -001.html

この提言は、日本学術会議のアディクション分科会、脳とこころ分科会、神経科学分科会の 3 分科会からの共同提言です。この提言の作成に当たっては、JMSAAS が大きな貢献をいたしました。アディクションに関する問題の拡大と高まる社会からの関心や関連法案の成立を踏まえ、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が調査事業を行い、JMSAAS 役員 26 名から 189 の研究開発課題が提起され、その分析を基に提言が作成されました。

提言内容は以下の 5 つです。

提言①
アディクションにおける多様性の把握と関連研究・教育の推進
提言②
アディクション症対策におけるテーラーメイド化推進
提言③
アディクション研究人材の育成
提言④
薬物依存症者の社会復帰のための新しいガイドラインの作成
提言⑤
アディクションに関する情報収集・研究・対策・治療・広報を包括的に取り扱う拠点研究機関の設置

提言の公表日の 4 月 15 日には、超党派で 70 名ほどの国会議員が加盟するアルコール問題議員連盟の中谷元(なかたにげん)会長に、メールで提言をお送りするとともに、Zoom で内容をご説明し、ご理解をいただき、ご支援いただけることとなりました(写真1)。当初は議員会館にお届けしてご説明する予定でしたが、新型コロナの影響でメールおよび Zoom を介することとなりました。アディクション分科会委員長の池田和隆、脳とこころ分科会委員長の山脇成人先生、神経科学分科会委員長の伊佐正先生が提言内容をご説明するとともに、アディクション分科会・脳とこころ分科会の親委員会である臨床医学委員会の委員長でありアディクション分科会の副委員長の神尾陽子先生から、臨床医学全般におけるこの提言の重要性をご説明いただきました。中谷先生からは、提言作成の労いのお言葉をいただき、提言の重要性をご理解いただけたこと、提言の実現に向けてご支援いただけることをお伺いいたしました。アルコールとギャンブルは基本法ができたけれど、まだ抜けているアディクションがあるので、法整備にもご尽力いただけるとのお話もいただきました。Zoom 説明会には、朝日新聞社の月舘彩子記者、日本経済新聞社の尾崎達也記者もご参加され、コロナ禍でますます心配されるアディ クション問題について質疑応答がなされました。

新型コロナの影響で、2020 年 4 月 3 日に予定されていた日本学術会議上記 3 分科会合同公開シンポジウムは 6 月 1 日に 延期されましたが、感染蔓延が終息していないことより、残念ながら中止となりました。2020 年 7 月 10 日に予定されていた JMSAAS 学術総会での関連シンポジウムは、延期となっています。2020 年 8 月 1 日に予定されていた日本神経科学大会での関連シンポジウムはウェブ開催になりました。2020 年 9 月 16 日(水)の脳の世紀シンポジウム「依存症と脳」(会場:有楽町朝日ホール)は開催予定です。コロナ禍で提言の広報や提言に基づいた活動がしにくい状況ですが、JMSAAS 会員の皆様のご協力で何とか提言が実現されることを願っております。

どうぞ引き続きよろしくお願い申し上げます。

写真 1:中谷元議員連盟会長への Zoom 提言説明会上段左より、伊佐正神経科学分科会委員長、池田和隆アディクション分科会委員長、井手聡一郎アディクション分科会メンバー
中段左より、中谷元衆議院議員、日本経済新聞社尾崎達也記者、神尾陽子臨床医学委員会委員長下段左より、山脇成人脳とこころ分科会委員長、朝日新聞社月舘彩子記者(画像無し)

13.事務局からのご連絡・ご案内

【ご入退会・変更等手続きについて】

周囲に当学会へご興味をお持ちの方がいらっしゃれば、是非、本学会へのご入会をお勧めください。

1)入会について

入会は、正会員の場合、ホームページ上の web フォームにて、学生や賛助会員は「入会申込書」をダウンロードし、必要事項をご記入の上、下記事務局まで郵送・FAX・Eメール添付等 でお申込みください。入会には理事会審査(1 か月に 1 度開催) が必要になるため、正式なご入会までには最大 2 か月程度お時間をいただくことがございます。

日本アルコール・アディクション医学会(東京事務所)
〒100-0003
東京都千代田区一ツ橋 1-1-1
パレスサイドビル (株)毎日学術フォーラム内
TEL.03-6267-4550 FAX.03-6267-4555
E-mail: jfndds@mynavi.jp
事務局営業時間:平日 10:00~17:00
※土日祝、年末年始、学術集会中はお休みいたします。

2)変更について

ご所属、ご職名などに変更がありましたら、ホームページ上の web フォームに必要事項をご記入の上、ご申請ください。

3)退会について

上記の事務局まで FAX、E-mail、郵送等文書に残る手段で、① 当学会名、②退会される会員のフルネーム、③○○年度をもって退会するとの一文、の 3 点をご連絡ください。

4)代議員会委任状について

代議員会の案内メールをお送りいたしますのでご返信の際、欠席の場合は必ず『委任状』のご提出をお願い致します。

【啓発用リーフレットについて】

当学会では「あなたの飲酒が心配です」とした、啓発用のリーフレットを 1 部 30 円で下記印刷所に販売委託をしております。ご希望の方は下記までご連絡ください。

  • 会社名 :畠山印刷株式会社
  • 所在地 :三重県四日市市西浦 2 丁目 13-20
  • 電 話 :059-351-2711(代)
  • FAX :059-351-5340
  • Email :hpc-ltd@cty-net.ne.jp
※学会ホームページにも同様のお知らせを掲載しております。

14.編集後記

近藤あゆみ
(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所)

世界中が新型コロナウイルス感染症の脅威にさらされる大変な時期に、ニューズレター第5巻第1号をお届けする運びとなりました。わが国においても、感染拡大の勢いは弱まり つつも未だ予断を許さない状況が続く中で、ご寄稿頂きました先生方には心より厚く御礼申し上げます。また、会員の皆さまのご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

近年、アディクション領域における法律や制度は大きく変化しており、社会的注目も高まっているところです。本ニューズレターも、猪野亜朗先生らがアルコール健康障害対策基本法の見直しを目的としたアルコール健康障害対策関係者会議の概要について、また、木戸盛年先生がギャンブル等依存症対策基本法成立後のギャンブル障害対策の行方について、さらに、真栄里仁先生が厚生労働省の依存症対策全国拠点機関設置運営事業について述べておられるなど、その現状が色濃く反映された内容となっています。これらの記事からみえてくるのは、支援者・支援機関間の連携協働、研究者・研究機関と支援者・支援機関との連携協働、地域格差の是正などが今後解決を急ぐべき重要課題となるであろうということです。このような状況の中で今年開催される第 55 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会のテーマが「アルコール健康障害・依存症の多角的な研究と連携」であり、また、来年開催される第 56 回学術総会のテーマとして「最先端医学に基づく職種・機関・地域連携の発展」が検討されていることは、まさに時宜を得たものと感じます。

アディクション問題を抱える当事者やその家族の人権が守られ、多様な治療・支援ニーズに対応できる地域社会の実現に向けて、今後ますます本学会が多くの貢献を行うことができますように、引き続き会員の皆さまからのご厚情ならびにご支援をお願い申しあげます。