2-1号 (2017年7月)

1. 法医学とアルコール

藤宮龍也
(山口大学大学院医学系研究科法医学講座)

法医学は「死から学び、生かす」学問で、法律に関わる医学的諸問題の解決に公正性と科学性を追求し、基本的人権の擁護と社会の安全に寄与することを目標としています。中でも、検死制度と臨床法医学が重要で、死因究明・事実究明と再発予防とを2大目的としていますが、法医学分野は人材不足のため死因究明でさえ不十分な状態で、早急な対応が必要です。

飲酒は事件・事故の多くに関連し、アルコールは鑑定される最多の薬物です。飲酒運転が典型的ですが、より科学的な血中濃度推定が依頼されます。現在は、交通事故後に飲酒運転を隠すための「追い飲み」や、飲酒直後の酩酊が問題となっており、吸収動態の重要度が増しています。

死因究明という点では、心臓・肝臓などでの臓器障害や突然死が注目されます。大酒家突然死症候群は臓器障害が軽度なのに突然死している事案で、法医学領域ではよく経験されます。突然死のメカニズムを探る典型例として心臓を中心に研究に取り組んでいます。

「死を生かす」という意味で、臨床法医学の重要度が増しています。アルコール関連では酩酊度の判断がよく求められ、法医学と精神医学の境界領域にあたります。性暴力に関連する事案が多く、向精神薬の併用も経験されます。臨床医が鑑定の引き受け手になることが少なく、法医学者に依頼されるケースが散見されます。また、法曹界も医学に疎いため、複雑化した社会では法医学はますます求められる領域と考えます。

鑑定は大陸法系では裁判官の判断の補完を行うもので中立性が重要ですが、英米法系では原告側・被告側専門家証言としての科学性が重視されます。日本は基本的には大陸法系ですが、裁判員制度も始まり、英米法系の影響を受けるようになり、鑑定人の立場も変化してきています。このような法曹界の変化に対応して法医学も変化が求められています。

アルコールは法医学では重要な領域ですが、世界的には法医病理学や薬物分析学が中心で、アルコール・薬物医学の基礎研究を行っている日本の法医学は少数派となってしまいました。内科学・精神医学などで臨床重視となる風潮を感じますが、法医学はますますアルコール医学の基礎研究を支えていけたらよいと願っています。


Photo by Tsutomu Suzuki

2. 2017年度年会案内

第 52 回日本アルコール・アディクション医学会
会長 岡村智教
(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学)

第 52 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会を、平成 29 年度アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会(第 39 回日本アルコール関連問題学会と共催)として、2017 年(平 成 29 年) 9 月 8 日(金)・9 日(土)パシフィコ横浜にて開催いたします。

今回のテーマは「ポピュレーションリスクとしてのアルコール健康障害と依存症」としました。これは問題飲酒や喫煙、その他の薬物や行動など現代社会特有の様々な依存症が与える健康影響を日本人集団全体に与える影響という視点で俯瞰し、健康な地域社会を築くという観点からそれぞれの対策を総合的に考えようという意図から企画したものです。本学会はもともと様々なバックグラウンドを持った研究者、実務者から構成されており、それぞれの専門性を活かしながら依存症等によるポピュレーションリスクの低減を目指すことが使命と考えます。そこで多くの方々に声をかけ、広く精神科、心理学、内科(消化器、呼吸器、循環器、代謝系など)、衛生学・公衆衛生学、法医学、薬理学、生理学、病理学、看護学等の研究者、病院や保健機関等に勤務する医師や看護職等のメディカルスタッフが集まって、様々な視点から学術的な討論ができる場を設定いたしました。

今大会では以下の 12 シンポジウムを企画しております(タイトルは変更される場合があります)。

  1. 生活習慣からアディクションを考える~良いアディクション or 悪いアディクション (オムロンヘルスケア:スポンサードシンポジウム)
  2. 精神保健福祉センターにおけるアディクション支援の展開
  3. 飲酒関連外因死を防ぐために
  4. アルコール代謝関連ゲノム多型と動態:ドーピング・法的問題の解決を目指して
  5. アルコール性肝障害研究の最先端
  6. 多様化が進む依存症回復支援施設の現状と課題
  7. アルコールと病態生理
  8. 脳内報酬系の包括的分子解析
  9. ストレスチェック時代の職場におけるアルコール問題対策
  10. 飲酒と健康のトピックスと疫学的根拠
  11. 物質使用障害の新たな治療・支援の展開-ハームリダクションに基づいた支援とは
  12. アルコール依存症患者を支えるコメディカルの役割

シンポジウムはどのような専門分野の方が来られても興味深いテーマが見つかると同時に、他領域でのトピックスを学ぶことによって参加者された方の研究の幅を広げることができるのではないかと考えています。

教育講演としては「アルコール健康障害対策基本法を踏まえて医療従事者・研究者がすべきこと」、「アルコールと循環器疾患」、「アルコール喘息の実際」「次世代型薬物依存研究:神経ペプチド神経系の理解」、「アルコールと病態生理」、「精神保健福祉センターにおけるアディクション支援の展開」、「フィリピンにおける薬物乱用対策に対する日本の支援の検討と報告」、「脳内報酬系の包括的分子解析」という8テーマを用意し、それぞれの領域の最新のトピックを学べるようにしました。

また今回は 100 題を越える一般演題の登録をいただいております。特に私の専門分野である衛生学・公衆衛生学系の教室には積極的な呼びかけを行い、多くの先生方に演題の登録をしていただくと同時に新たに本学会の会員となっていただきました。

季節柄、残暑や台風等の襲来を心配していますが、横浜は交通も便利で、中華街や山下公園、横浜みなとみらい21、中華街など見所も多い街です。是非、多くの皆様にご参集いただき議論等を通じて日々の研究や診療、保健活動に有益な学びをしていただくと同時に、横浜での滞在も楽しんでいただければ幸いです。

3. 2018 年度年会案内・ISBRA2018 案内

第 53 回学術総会 ISBRA2018 と同時開催

日時:
2018 年 9 月 9 日(日)~13 日(木)
場所:
京都国際会議場
会長:
竹井謙之(三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座)
ISBRA2018 会長:
樋口 進(久里浜医療センター)

詳細は次回NLにてご案内いたします。

4. 第5回 AsCNP 学会印象記

田中増郎
(高嶺病院)

今回私は平成 29 年 4 月 27 日から 29 日にインドネシアのバリ島で開催された第 5 回アジア神経精神薬理学会(AsCNP)に参加させていただきました。その学会の内容と感想をお伝えしたいと思います。

27 日には基調講演の後に歓迎セレモニーが開催されました。普段論文などでお見掛けする J.クリスタル先生などの海外のご 高名な先生方と近くで食事をいただいてお話をする機会を得ましたし、国内の著名な先生方ともお話をする機会を得ました。 海外の学会では日本人が少ないことが多く、長距離移動後の解放感も手伝って、国内の学会ではお聞きすることに勇気がいるようなことも思い切ってお聞きすることができました。

28日はシンポジウムやポスターの閲覧をいたしました。このポスターの会場では、各国の若手の先生方と現在の研究の内容を直接議論することができました。発表されている内容が精神科領域全般にわたっており、ポスターはその詳細な内容を直接訪ねる良い機会でした。ポスター会場があまり大きくなく、座って話せる席も近く、質問がしやすい会場でした。シンポジウムの内容も多岐にわたっており、依存症関連では、東京慈恵医大精神科の宮田先生と幹メンタルクリニックの齋藤利和先生の座長のシンポジウムに参加しました。宮田先生、幹メンタルクリニックの田山先生やマレーシアのマラヤ大学の Y. アン先生の発表を拝聴しました。特に印象的だったのはアン先生のヘロイン依存症治療に用いるメサドンに東洋医学の針治療を応用した治療を加えることで有効性が増すと発表があり、今後の研究成果が期待できる内容で、東洋医学と西洋医学の融合が楽しみな研究であると感じました。 その日の夜にはインドネシアの若い精神科医や世界精神医学会の若手部門のトップであるエジプトの E. フセイン先生とともに、各国の若手精神科医の活動報告や交流、今後の展望に関する交流会に参加しました。私は日本若手精神科医の会(JYPO)の監事を拝受している関係上、JYPO の活動報告をいたしました。さらに、JYPO の運営経験のある手稲渓仁会病院の白坂先生もインドネシアの先生に様々な助言をされていました。

翌 29 日には帝京大学文学部の高田先生に司会をしていただいた教育ワークショップで、勤労者のためのアルコール依存症の予防教室の内容で、岡山市の取り組みを紹介しました。他にも日本からは白坂先生からインターネット依存の紹介がありました。

このように、学術的な面だけでなく、交流面でも、国内外の多くの先生と接する貴重な良い機会となりました。普段から交流のあるインドネシアの先生方との食事会にも参加し、友情を深めることができました。学会の長い歴史のおかげで、我々若手から中堅の人間がちょっとの努力で多くの方との交流ができる下地ができていると思います。今後も学会にご尽力していただいている先生方に感謝しながら、このような交流を維持していければと思います。

次回の第 6 回 AsCNP は平成 31 年 10 月 11日から 13日に福岡市で開催されます。学術的な刺激とともに、アジア各国の研究者および臨床家と交流できるこの機会にぜひ参加させていただこうと考えております。


5.賞選考委員会・国際委員会より

賞選考委員会委員長 宮田久嗣
(東京慈恵医科大学精神医学講座)
国際委員会委員長 高田孝二
(帝京大学文学部)

【賞選考委員会より】

日本アルコール・アディクション医学会では、毎年以下の賞を募集しています。

●柳田知司賞:学会最高賞に位置付けられる賞です。50 歳以下の若手・中堅の研究者を対象に業績審査が行われます。

【過去の受賞者】

第 1 回(2011 年)
高野裕治(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)
第 2 回(2012 年)
該当なし
第 3 回(2013 年)
森 友久(星薬科大学 薬品毒性学教室)
第 4 回(2014 年)
池田和隆(東京都医学総合研究所 依存性薬物プロジェクト)
第 5 回(2015 年)
永井 拓(名古屋大学大学院 医学系研究科 医療薬学・付属病院薬剤部)
第 6 回(2016 年)
中村幸志(北海道大学大学院 医学研究科社会医学講座公衆衛生学分野)

第7回柳田賞については、現在選考が進められています。受賞が確定した場合は、9 月の年会時の懇親会にて表彰、また評議員会後に受賞講演を予定しております。受賞者には、副賞としてクリスタルの盾および 15 万円が贈呈されます。

●CPDD 奨励賞:毎年 CPDD にて発表予定の中から、応募により賞選考委員会にてその内容を審査し贈呈いたします。本年は受賞者なしとなりました。

【国際委員会の活動・お知らせ】

2017 年では、以下の活動を行った(予定を含む)。

5th Congress of Asian College of Neuropharmacology
(AsCNP; http://ascnp2017.com/)、
4/27-4/29、バリ島、インドネシア。
JMSAAS としてシンポジウム ”Treatment of Addiction in Asia” およびワークショップ ”Addiction Problems in Asian Countries”を開催した。

16th Congress of European Society for Biomedical Research on Alcoholism,
(ESBRA; http://esbra2017.com/welcome/ )、
10/8-10/11, クレタ島、ギリシャ。 JMSAAS としてシンポジウム “ Comorbidity of Alcohol Dependence”を企画し、若手研究者を対象に発表者を公募し、2 名を援助することを決定した。

2017 年開催予定の関連学会としては、19th International Society of Addiction Medicine (ISAM) Annual Conference
(http://www.isam2017abudhabi.ae/ )、
10/26-29 アブダビ、アラブ首長国連邦があげられる。

なお、上記の他、本年は既に終了した主要関連学会としては以下があげられる:
College of Problems of Drug Dependence (CPDD) 79th Annual Scientific Meeting、
6/17-6/22, 2017, モントリオール、カナダ
上記のとおり、本年は奨励賞該当者はいなかった。次回(80th Meeting)は、6/9-6/14, 2018 に、米国カリフォルニア州サンディエゴで開催予定である。ふるってご応募いただきたく、お 願いいたします。

5th Asia-Pacific Society for Alcohol and Addiction Research (APSAAR)
(学会要約:
http://www.apsaar.org/pdf/APSAAR_TSA_Bulletin_APSAAR_2017_6_11.pdf)、
5/31-6/3, 2017, 台北、台湾
Taiwanese Society of Addiction Science との共同開催であった。今回、シンポジウム等は開催しなかったが、JMSAAS 会員を含め、13 名が登録されている。第 6 回は、2019 年、マレーシアにて開催予定である
The American Society for Pharmacology and Experimental Therapeutics
(ASPET; http://www.aspet.org/eb2017/ )、
4/22-26 イリノイ州シカゴ、米国

Research Society on Alcoholism (RSA) 40th Annual Scientific Meeting
(https://www.xcdsystem.com/rsoa/ )、
6/24-28 コロラド州デンバー、米国

2018 年開催の主要関連国際学会は、上記 CPDD の他、以下があげられる。

開催日 (2018) 学会名 場所 備考
9/9 – 9/13 International Society for Biomedical Research on Alcoholism (ISBRA)
(http://www.congre.co.jp/isbra2018/ )
京都国際会議場(日本)
大会長:樋口 進 本学会理事
JMSAAS としてシンポジウム等を企画予定である。
4/21 – 4/25 ASPET(The American Society for Pharmacology and Experimental Therapeutics) カリフォルニア州 サンディエゴ、米国
6/1 6- 6/20 RSA (Research Society of Alcoholism) カリフォルニア州サンディエゴ、米国
11/3 – 11/6 ISAM (20th International Society of Addiction Medicine) 釜山、韓国

Photo by Tsutomu Suzuki

6. 施設紹介:岡山県精神科医療センター


図:岡山県精神科医療センター外観
橋本 望
(岡山県精神科医療センター)

岡山県精神科医療センターは人口 71 万人の政令都市である岡山市の中心部にあり、岡山駅から南へ約 2kmのところに位置しています。地方独立行政法人化により平成 19 年 4 月、病院経営を岡山県という行政組織から分離独立され、岡山県立岡山病院から岡山県精神科医療センターと改称されました。児童から高齢者まですべての年代の精神疾患と精神的危機に対応している岡山県の精神科医療基幹病院であり、24時間 365 日精神科救急医療を担っており、県内精神科救急の 7 割に対応しています。

病棟は機能分化し、精神科救急(53 床)、うつ・自殺企図に焦点をあてた精神科急性期(53 床)、児童精神科(18 床)、重度かつ慢性(55 床)、依存症(48 床)、医療観察法入院棟(36 床)の 6 病棟があります。平成 19 年度から児童思春期外来、依存症外来、平成 25 年度からは大人の発達外来を開設し、外来も専門化されました。子どものこころ拠点病院、依存症拠点病院に指定されており、難治性精神疾患連絡事業拠点、岡山県災害時精神科中核病院でもあります。幅広い研修が可能ということで、県外からも多くの優秀な研修医が集まり、切磋琢磨しています。スタッフは、常勤精神科医師は 31 人、看護 206 人、精神保健福祉士 22 人、心理士 15 人、作業療法士 17 人などが勤務しています。

依存症外来は他の外来とは独立して運営されており、依存症病棟のすぐ隣に併設されています(図を参照)。依存症病棟の看護師・コメディカルスタッフが担当しており、入院中の患者が退院して外来に通院するようになってからも同じスタッフが継続して関わることができます。このことは、患者さんに切れ目のない継続的な支援を提供できるだけではなく、回復の姿を見ることでスタッフのやりがいにもつながっています。

病棟構造は開放エリアと閉鎖エリアとの 2 層構造で開設され、アルコール依存症患者は開放エリアでの入院が通常でした。平 成 23 年度より、閉鎖病棟化したため、現在は、閉鎖病棟内が 2 つのエリアに区切られ、より離脱症状が重篤な状態や幻覚妄想状態の方に集中的な治療を同じ病棟で行うことが可能となりました(集中治療エリア:個室 8 床、保護室 4 床、観察室 2 床)。このような多機能な病棟構造のおかげで、激しい幻覚妄想状態の方でも、物質使用が誘発したものと強く疑われれば、急性期病棟ではなく、直接依存症病棟での受け入れを行っています。

治療プログラムに関しては、旧久里浜方式を導入し、時代とともに、認知行動療法などを取り入れて発展させてきました。積極的に海外研修を重ねた職員により、内観療法やマインドフルネスなど新旧の治療アプローチの組み合わせ、マトリックスモデルを導入しています。新規プログラムとしては、ギャンブル障害に対する認知行動療法のテキストを開発し、個別治療を、主治医面接とは別に行える体制を構築しました。ネット依存症に対しても、当センターの児童・思春期外来・入院棟スタッフと共同で、外来・入院プログラムを新たに作成しました。定期的に依存症に関する研修会を開催しています。参加の呼びかけは当センター及び他の医療機関、保健、介護、福祉、司法機関、そして自助グループ関係者など依存症に携わる多くの関係機関に行っています。主な研修会としては、動機づけ面接法、海外 から講師を招いての研修会(マインドフルネス、マトリックスモデルなど)を毎年、主催しています。このような会は、新規職員の研修の場にもなり、また地域の様々な立場で働く職員との情報交換の貴重な場となっています。

今後、より良い治療が提供できるように各関係機関と連携し、臨床研究などにも積極的に取り組めたらと考えています。


写真:依存症病棟スタッフ

7. 薬物依存症回復支援施設ダルクと障害者総合支援法

近藤 あゆみ
(国立精神・神経医療研究センター)

1. ダルクの成り立ち

ダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)は、 1986 年に薬物依存症当事者の近藤恒夫氏によって開設された薬物依存症者のための回復支援施設である。アルコール問題への関心が高まり始めていた当時、アルコール依存症者の治療や回復支援に関する体制整備が少しずつ進められていく中で、薬物依存症者への支援が取り残されていく現状を危惧した近藤氏が、「薬物依存症者にも回復のチャンスを」という思いで始めた自助活動である。設立当初の運営費は、教会からの献金や利用者の入寮費などによってなんとか賄われるという状況にあり、その後全国各地に活動拠点を広げるようになってからも、資金確保は常に施設運営上の大きな課題となっていた。

2. 障害福祉サービス事業所化が進むダルク

設立から約 30 年が過ぎた現在、ダルクの数は全国 50 箇所以上にのぼる。設立当初は、完全な自助活動として出発したダルクであったが、2006 年の障害者自立支援法(現在の障害者総合支援法)施行以降は、法下の各種サービスを提供する事業所として認可を受ける施設が増加した。筆者らが 2016 年に行った調査によると、過半数(53.7%)のダルクが障害者総合支援法下の事業を実施しており、事業種別としては、共同生活援助(37.0%)、生活訓練(27.8%)、地域活動支援センター(22.2%)が多かった。また、25%の施設が、「今後、法化の事業申請を行う予定がある」と回答しており、その数は今後ますます増えることが予想される。

このように、障害福祉サービス事業を実施するダルクが急増した大きな理由のひとつには、公的な資金を得ることによって財政的に厳しい施設運営の安定化をはかりたいという切実な思いがあったものと思われる。実際に、上記調査でも、法化の事業を実施していない施設の約 9 割(87.0%)が、施設の困りごととして「運営費の確保が難しい」ことを挙げているのに対して、法化の事業を実施している施設では 7 割(65.5%)程度にとどまっており、障害福祉サービス事業の実施は、ダルクの運営の安定化に役立っていることが予想される。それでもなお、財政的に厳しい状況に置かれている施設は依然として多い。

3. 障害福祉サービス事業所としてのダルクが抱える課題

障害福祉サービス事業はダルク運営の財政的な支えになっているものの決して十分とは言えず、また、障害福祉サービス事業の実施に伴う新たな問題も生じている。例えば、ダルクのような依存症回復支援施設の利用者は、突然助けを求めてやってきたり、そうかと思えば急に退所を希望したり、黙っていなくなったりすることが多い。回復に向けた動機が揺らぎやすいという薬物依存症の障害特性を考えると当然のことともいえるが、サービス利用の急な開始、停止、休止は、手続きの煩雑さなど職員の負担増や、実際にはサービスを提供しているにも関わらず給付費の請求ができない期間を生むことにつながる。

また、利用者が薬物の再使用で医療機関に入院したために、例えば共同生活援助の給付が休止になった場合なども、利用者がすぐに退院して戻ってくる可能性が高いことから、居住スペースは確保したままとなり、それがそのまま施設の負担となるというようなことも起きている。

さらに、共同生活援助の居住スペースは個室が原則であるが、相部屋など密接した人間関係の中でこそコミュニケーション・スキルやストレス対処スキルが培われるので、依存症からの回復を目指すには利用者が完全に個室で生活することは好ましくないと考える施設も少なくない。

このように、ダルクがこれまで自らの経験に基づき行ってきたような、法律や制度に縛られない自助組織ならではの自由な活動を、法下の事業にあてはめて実施しようとすることによっ て、様々な齟齬が生じているという現状がある。さらに、障害福祉施設職員として求められる支援に関する価値、倫理、実践と、自助活動として仲間の回復の手助けを行うダルクのこれまでの支援方法が一部異なることがあり、そのためにダルクと自治体や地域の関係諸機関が利用者の支援方針を共有することができないという問題も生じているようである。

わが国の薬物依存症者の回復を支える地域資源として、ダルクはこれまで中心的な役割を果たしてきた。平成 28 年には刑の一部執行猶予制度も施行され、ますます地域の重要な受け皿としての期待が高まるものと思われる。そのダルクが、今後盤石な経営基盤のうえにより質の高い回復支援を行っていくためには、障害福祉サービス事業所として新たに抱えることになったこれらの問題をひとつひとつ解決していく必要があるが、それはダルクだけの努力や取り組みで解決できるものではない。薬物依存症者の回復支援をめぐる重要な地域課題のひとつとしてとらえ、自治体や関係諸機関が一体となって、ダルクとともに解決の糸口を見つけていく必要があるのではないか。

8. 当学会の法人化について

法人化ワーキンググループ
鈴木 勉
(星薬科大学)

はじめに

現在、多くの学会が法人化し、社会的責任を果たすと同時に、社会的評価も得るよう流れていると思われる。当学会理事会においても、このような社会の流れを勘案し、法人化ワーキンググループを設けて検討してきた。2016 年の年会時の評議員会・総会でも、齋藤理事長から当学会の法人化について評議員・会員各位へ提案がなされ、承認されたことはご記憶の通りである。

その後、2017 年 6 月 17 日に開催された総務委員会において法人化について種々議論の上承認された。翌月の 7 月 16 日に 開催された理事会にても審議され、当学会の法人化を決定。今後速やかに準備を進めることとなったので、その議論の内容をご紹介する。

法人化のメリットとデメリット

メリット

  • 1)登記され法的に認められた団体となるため、社会的な信頼度・認知度が高まる
  • 2)国や公的機関へ意見書等を出しやすい
  • 3)寄付が、任意団体のときよりも多少受けやすい

デメリット

  • 1)社会的責任の発生
  • 2)会計上の体制の完備
  • 3)役員登記等にも経費がかかる

特に当学会はアディクションを扱う国内最大の学会であり、厚労省や公的機関へ提言等を行う機会も少なくなく、またそうした機関から法人化を望まれることもあったため、1)2)のメリットを強調したい。
このように、法人化は学会が社会的責任を果たすと同時に、社会的評価も得ることになる。

一般社団法人化に向けて、必要な準備は?

  • 1)定款作成⇒認証
    現会則や業務内容から、登記可能な定款の作成を事務局より専門の司法書士に依頼する
  • 2)社員登録。初代理事・監事選任
    初回に社員登録を 2 名とする。設立時役員は、現在の理事会全員をそのまま登記予定であるが、検討が必要である。
  • 3)主たる事務所所在地を法務局で設立登記(京都)
    法務局への申請も、事務局を通じて専門の司法書士に依頼する。

定款の重要検討事項

  • 1) 役員
    理事・監事は法人が倒産した場合や法人が何らかの事件に関与した場合にはその全責任を負う
  • 2)現在の評議員
    「代議員」へのスライドを想定している。いままで通り現評議員(法人化後は代議員と呼ぶ)は議決を持つため、現状との役割に変更はほぼない。
  • 3)代議員会(法人法上の社員総会)
    決算から 3 ヶ月以内に開催しなければならないため、以下のどちらかを選択する必要がある。
    • ①会計の会期(4 月始まり)を変える。この場合は、日本アルコール・薬物医学会時代と同じ会期に戻して 8 月 1 日期首~7 月 31 日期末とする。
    • ②会期は変更せず、6 月に代議員会を開催。

②は、委任状を定数集めなければ成立しないといった状態が予想でき、また会議の回数が増えることで手間や経費も増える。理事会では、費用や業務のスリム化等の観点から、①とすることが決議された。次回評議員会・総会でも提起を予定している。

法人化にあたり行うおくべきこと

法人化にあたり以下の体制を整える必要がある。

  • ① 法人会計に対応できる体制の整備
    会計ソフトの導入等を進める。
  • ② 契約関係の整備
    法人名で契約書を整備し、クリアな状態にする。
  • ③ 財政状況の確認、今後のビジョン
    法人を維持できる財務体質を早急に目指す必要がある。収入増加のための活動等を検討し遂行する。一方で、会費の値上げなども慎重に検討を進めることも必要と思われる。
  • ④ 役員交代時期
    統合委員会として役員に加わった理事は 2018 年度選挙で交代することになっていたが、役員交代時期については、法人化時期や法人法との関係もあり検討を要する。
    現状の具体案としては、2018年春から夏にかけて選挙を実施す るが、登記の関係から現役員の 2018 年代議員会終結のときまでの続投とするのが、もっとも明快で手間もかからない方法ではないかと考えられる。

本件についても再度総務委員会や理事会で検討し、次回の評議員会・総会で承認を得る必要がある。

以上のように、現段階で当学会の法人化を 2018 年 8 月 1 日として予定している。

会員の皆様には、このような状況をご理解いただき、社会的責任を果たすと同時に、社会的評価も得るような 一般社団法人日本アルコール・アディクション医学会が誕生するようにご協力、ご支援頂きたくお願い申し上げます。

9. 柳田知司先生を偲んで

廣中直行
((株)LSI メディエンス 薬理研究部)

1968 年、中央公論社が一般向けに刊行していた科学雑誌『自 然』に、柳田先生は「酔っ払いザルのいる実験室」と題するエッセイを寄稿されました。そのおよそ10 年後、大学で心理学を学びながら方向が見いだせずに悩んでいた私は、たまたま図書館でこのエッセイを見つけ、薬物の自己投与という実験を知って「世の中にこんな面白い研究があるのか」と驚きました。それから数年、私は教授の紹介で川崎の野川にあった実験動物中央研究所・付属前臨床医学研究所を訪れ、柳田先生のご指導を受けることになりました。

柳田先生は 1930 年、栃木県足利で三代続く医家に生まれ、1956 年に東京慈恵会医科大学をご卒業されました。当初は生理学に興味があったそうですが、日本赤十字病院でインターン時代にペニシリンアレルギーの症例を経験され、当時の中尾健教授の勧めで薬理学を修められました。柳田先生は研究生活のごく初期から薬物の安全性にご関心があったわけです。

1961 年にエフェドリンの研究で博士の学位を授与され、相前後して 1960 年から 65 年まで、フルブライト奨学金を得てミシガン大学の薬理学教室に留学されました。当時のミシガン大学(薬理)は Maurice Seevers 教授のもと、行動薬理学と薬物依存研究のメッカと言えるところで、日本からも多くの研究者が留学されていました。そこで柳田先生が立ち上げられたサルの薬物自己投与実験は薬理学、神経科学などの基礎科学に大きく貢献したのみならず、新薬の乱用可能性を評価する方法として世界標準となり、多くの研究機関に広まっていることはご承知の通りです。

帰国された柳田先生は 1966 年に前述の前臨床医学研究所(設立当初は「医科学部門」と称していました)を立ち上げられました。この研究所は日本で初めての医薬品開発業務受託機関です。アカデミアの枠にとどまらず実社会への貢献を考えられた先生の闘志のあらわれでした。この研究所は今から思えば一風変わった先駆的なところでした。全部で 30 人ほどの研究者の中に 4 人も心理学出身者がいました。薬物依存の研究室には必ず臨床に通じた精神科医がいました。柳田先生はメカに強く、システムエンジニアを 2 名擁され、行動実験の自動化をはじめ、今で言えば LAN による所内のコンピュータ接続、ホームページの走りのようなネットサービスなども手掛けられました。もっとも、これらは時代を先取りしすぎていたかも知れません。

柳田先生の闘志は多くの学会の設立にも向けられました。当学会の前身である日本アルコール医学会(1965)、日本臨床薬理学会の前身である臨床薬理学研究会(1969)、日本神経精神薬理学会の前身である精神薬理談話会(1971)、日本毒性学会の前身である毒性研究会(1973)などです。先生は、最先端の学術研究の成果は実社会に還元されてこそ意味があるとお考えでした。

同時に、柳田先生の目は世界にも向いていました。当学会と CPDD とのつながりも先生が開かれたものです。日本神経精神薬理学会と米国神経精神薬理学会(ACNP)とのつながりも先生が礎石を築かれました。The Asian Society of Toxicology(1994)が「日韓ジョイントミーティング」として 1987 年に立ち上ったのも先生の功績です。国外のどの学会に行っても「トモジ・ヤナギタの弟子である」と言えば話が通じました。1977 年から 2000 年まで WHO の薬物依存に関する専門委員会の委員を務められ、世界の薬物乱用問題対策にも大きく貢献されました。

柳田先生は温厚な方で、ご家族を大事にされ、生活を大いに楽しまれました。カラオケにおつきあいすると私の知らない最新の曲も次々と歌われるのでした。先生が主催する学会の懇親会は、ご記憶の方も多いと思いますが、まことににぎやかで楽しい会でした。

そのかわり門下に対する指導は厳しいものでした。あるとき文献を輪読してレビューをまとめたことがありますが、その打ち上げの席で「自分の担当したところ以外で印象に残ったことを述べなさい」と言われて冷や汗をかきました。学会の前には必ず徹底的な予演会がありました。パワーポイントなどない時代です。スライドには必ずダメ出しがでます。夜中を超えて原図を作り直し、現像機で仕上げました。とくにイントロダクションとディスカッションには念を入れ、何度でもやり直しを命じられました。予演会さえ終われば本番はどうでも良いとさえ思ったものです。しかしそれは、科学的な内容を正確に示したうえで、その意味するところを専門外の人にも直裁かつ簡明に伝えるという精神に貫かれていたのです。私も弟子をこのように指導したいと思いますが、果たせません。

柳田知司先生は昨年(2016)7 月 31 日に旅立たれました。門下生の仕事は先生のご冥福を祈ることに加えて、彼岸にいらっしゃる先生の視線を感じつつ仕事に邁進することだと思っております。

参考
  • 1) Conversation with Tomoji Yanagita, Addiction, 2004; 99: 805-810.
  • 2) Woods JH, Takada K. Psychopharmacology, 2016; 233: 3827-3828.

10.編集後記

広報委員会 近藤あゆみ
(国立精神・神経医療研究センター)

盛夏の候、会員の皆さまにおかれましてはお変わりなくお過ごしでしょうか。新学会発足以降 3 回目の発行となる今回の News Letter では、法医学や精神保健福祉分野からの情報提供、学会印象記、施設紹介のなどの他、昨年逝去された柳田知司先生を偲ぶ記事を掲載しています。薬物依存症研究の権威者であった柳田先生は、これまで世界の科学及び公衆衛生学に大きな貢献を果たしてこられました。生前のご功績を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。

また、第 52 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会のご案内もさせていただきました。「ポピュレーションリスクとしてのアルコール健康障害と依存症」をテーマとした本学術総会は、2017 年(平成 29 年) 9 月 8 日(金)・9 日(土)パシフィコ横浜にて開催されます。精神医学のみならず、心理学、衛生学、法医学、薬理学、看護学など様々な領域の皆さまに関心をもってご参加いただけるよう、多彩な教育講演、シンポジウムを企画してお待ちしておりますので、ぜひとも多くの方々にご参集いただきますようよろしくお願い申し上げます。第 53 回学術総会は、京都で ISBRA2018 と同時開催となります。

広報委員会委員一同これからも会員の皆さまに関心を持っていただけるような情報を多く掲載できるよう取り組んでまいります。より有用な News Letter の発行に向けて、ご意見ご要望などございましたらぜひお寄せください。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。